エピソード105 マールボロ・カントリーから

今、タバコは文字通り世間から煙たがられているようである。
加速度をつけてタバコは罪悪に、タバコを吸う人間は極悪人にと追いやられている気がする。
私も金森幸介もタバコを嗜む。二人そろって極悪人である。
同じ嗜好品を提供しながら、コーヒーショップでも店内禁煙を掲げる店が増えてきた。
ここドーナツ・ショップにも禁煙の波はヒタヒタと近づいてきている今日この頃である。
私はやはり少々肩身が狭い。金森幸介が肩身が狭い思いをしているかどうかは知らないが、
こんな現状を踏まえても、我々はタバコを手放そうとは思わない。

先日、自宅リビングのソファーに寝転がって図書館で借りた文庫本を読んでいると、
去年から神戸の外国語大学に通っている長男が久々に帰ってきた。
テーブルの上の文庫本を見て、驚いた様子で長男は言った。
「おとうさん、なんでこれ読んでるの!?」
文庫本はポール・オースターの「スモーク&ブルー・イン・ザ・フェイス」だった。
映画「スモーク」とスピン・オフ作品「ブルー・イン・ザ・フェイス」の脚本と
制作に纏わるエピソードを綴ったものであった。
長男は自分のバッグから何枚かのファイルを取り出し、私の目の前に差し出した。
「今、学校で使ってるテキスト」
それはまさに映画"SMOKE"の英語の脚本だった。「偶然やなあ」と長男。
さすがに親子。以心伝心。いや、ユングとかスティングの言うシンクロニシティってやつ?
久々に会った私と長男はその夜、レンタルビデオ店で"SMOKE"を借りて一緒に観た。

特に派手な出来事はおこらない映画である。でもなかなかに趣き深くて、ちょっと泣ける。
N.Y.ブルックリンの街角。ここは煙と湯気と排気ガスの街である。
ブルックリン橋の向こうにはまだW.T.C.ビルが聳え立っている。これにもちょっと泣ける。
ハーヴェイ・カイテル演じるオーギーと、彼が雇われ店長を務めるタバコ店の常連で
作家のポール・ベンジャミンが主人公である。演じるはウィリアム・ハート。
この映画、とにかく全編を通じて絶えずこいつらがタバコを吸いまくりなのである。
特にハーヴェイ君はめたらやったら旨そうにプカリポッカリとやる。
乾いた巻紙がジジッと焦げる音がまた吸欲(?)をそそったりして。
こいつらの肺の内壁、香ばしい燻製みたいで珍味やろなあとも思わせたりして。
嫌煙運動家が観たら卒倒しそうな一篇であるが、名画に煙と湯気と排気ガスは付き物である。
言わずもがな煙と湯気と排気ガスあるところにCo2も付き物である。
核発電を評して「Co2排出量が少ないので地球に優しい」という輩がいるが、
「二酸化炭素より放射能の方が地球に優しいんかい!」と言ってやりたい。
世界の目の仇にされた二酸化炭素が煙が湯気が私には不憫でしょうがない。
リドリー・スコットとかマーティン・スコセッシとかの作品は煙と湯気なくして有り得ない。
煙と湯気のない映画なんて、鳩の飛ばないジョン・ウー作品と同じである。
腰位置でのフィックスショットのない小津作品と同じである。
動いてない列車と愛弟子ボンちゃんの出ない水野晴郎作品と同じである。
タバコ吸いまくり映画、私にはけっこう痛快であったが、タバコを嫌悪している長男に
「タバコはやっぱりやめなアカンで」とまた釘を刺された。ガックシ。

金森幸介は以前「コスモス」という銘柄のタバコを好んでいた。
さすが上人様である。宇宙の気を飲み込んでおられたのである。
時々機嫌の良いときには「♪コ~スモ~ス ベンチでささやくお~二人さん~ なんてな」
と口ずさみながら一服されておられたお茶目な上人様を思い出す。
しかしある時期を境にどこのタバコ店でも「コスモスでっか?え~っと、今ありまへんわ」
と言われることが多くなった。「売り切れですか?在庫切れですか?」と訊いても
「いやあ、なんでか最近入ってけえへんなあ」と要領を得ない。
好みの銘柄がきれたスモーカーの寂しさは筆舌に尽くし難く、金森幸介も軽く狼狽した。
その当時、丁度パソコンが彼の部屋にやってきていた。
インターネットには繋がっているが、未だ深く閲覧したことがない。
ちょうどいい機会である。「コスモス」の現状を調べてみようと思い立った。
金森幸介、生まれて初めての輝かしい記念すべき検索であった。
時を経て、H系検索の達人(トップ・オブ・ザ・エロサーチャー)とまで称されるようになるとは、
本人もよもや知る由も無かった。

「JT」で検索をかけるとジェームス・テイラーのサイトに行き着いた。
「おっ!新しいCD出るんか!うれP~!」って、こんなことしてる場合やないがな。
ということでやっと「日本たばこ」のホームページに辿り着く金森幸介。
おっかなビックリクリックしていくと、廃止銘柄に「コスモス」を見つけた。
消費者になんの断りもなく突然供給停止するとは、なんたる親方日の丸独占企業の横暴!
しかし金森幸介がいくら一人で糾弾してもJTはビクともしない。
船は出てゆく。煙は残る。コスモスは残らず、樅の木は残った。
別れろ切れろは芸者の時に言う言葉。今の私にはいっそ死ねと言ってください。
しかしそんなことでいちいち死んでいたのでは、命がいくらあっても足りない。当たり前やけど。
悲しいけれどこれも人生しかたがない。
金森幸介は国家権力に屈し、泣く泣くコスモスに別れを告げ、タバコの銘柄を変えた。
そして今、金森幸介は「マールボロ」を好みの銘柄としている。
時々遠い眼をして「マールボロ吸うてる俺の人生ボ~ロボロ..放っといてんか!」と
一人ボケ・ツッコミしてはフ~と煙を吐くお茶目さは失われていない。

「マールボロ」は私には少しヘビーなタバコだが、昔から一番カッコいいタバコだと思っている。
F1GPなどモータースポーツのスポンサーとして、多くのマシーンの横腹にそのロゴを見かけた。
タバコがまだ世間の罪悪でなかった良き時代にはほとんどのタバコメーカーがモータースポーツを
スポンサードしていた。キャメル、ロスマンズ、J.P.スペシャル、etc.
JTも「マイルドセブン」がF1チームのティレルやベネトンをサポートしていた。
その中でも「マールボロ」がサポートするドライバーは「マールボロ・ドライバー」と呼ばれ
格別に高いステータスを誇っていた。アイルトン・セナもそんな一人だった。
「マールボロ」のロゴが描かれているだけでマシーンのイメージは「最速」となった。
「わかば」や「しんせい」あたりだとマシーンのイメージは「モッチャリ」となっただろう。

空前の嫌煙ブーム(?)でその姿を消したが、以前は街中でマールボロの看板を
日常的に見かけたものであった。
若き日、週末ミナミへと夜遊びにむかう薄暮の阪神高速上の車窓から見た
マールボロのビルボードに西日がさした光景には不思議な哀愁が漂っていたものである。
マールボロの広告には色んなパターンがあったが、一様に
荒野や岩山をバックにテンガロン・ハットを被った男が一人、マールボロを吸っている。
男の名前は「マールボロ・マン」 彼のいる世界は「マールボロ・カントリー」という
架空の世界である。ここではタバコは決して罪悪ではなく、
孤独な男の休息に寄り添う芳醇で善良なアロマである。ええ世界である。
マールボロ・カントリーは開拓時代の米国西部を模してはいるが、あくまでも架空の世界である。
マールボロ・マンは絶えずタバコをくわえているが、決して極悪人ではない。
先住民の地を侵略したりは決してしない善良なカウボーイである。ええ男である。

まあ、長々となにが言いたかったかと申しますと、
あんまりタバコを悪者扱いせんといたって!ということです。はい。
でも長年マールボロ・マンを演じたアクターが肺ガンで亡くなったっちゅうオチもあって悲喜こもごも。