エピソード107 ただ愛のために

くっきりと二色に色分けられたサポーター群が見下ろす鮮緑の芝生に
プレイヤーたちを讃えるアンセムが響き渡り、二国の代表選手たちがピッチに姿を現す。
小さな子ども達にエスコートされ、中には「どっちがエスコートされとんねん!」
と言いたくなるようなグズグズのキッズもいるが、
ともあれ皆晴れ晴れと、しかし体内に溢れる緊張と興奮を隠し切れぬ表情である。
両国歌が斉唱され、スタジアムはこれから二時間に亘って展開されるであろう
感動のドラマへの期待でまさに爆発寸前である。
球技場のサポーターと選手の全員の身体から抽出されるアドレナリン、エピネフリンは
一試合で25mプール満杯の量にのぼると言われている。

FIFAワールドカップのまっ只中である。
この時期、金森幸介の生活はすべてテレビ中継での観戦の為に捧げられる。
「結果は大事だ。やはり自国チームには勝利して欲しい。でも勝敗以上に試合の経過が重要だ」
という理念に従って、彼はテレビにかじりつきっきりになる。
日本代表の試合はもちろんのこと、中継されるほとんどのカードを観戦する。
ライブスケジュールなど入れない。普段から入れないが、本格的に入れない。
外出も控え気味になる。電話にも出ない。
全世界の一流選手たちの溜息が出そうな華麗なプレイに胸震わせ、悶絶し、
自らからほとばしり出るアドレナリン、エピネフリン、エンドルフィン、ドーパミン等の
おとこ汁に充たされた自室で一人、興奮とアクメ・エクスタシーの海の沈没船となるのである。
それほど金森幸介にとって、四年に一度のワールドカップは重要な催事なのである。

今から8年前の2002年のちょうど今頃の季節。夕刻、僕は大阪市内を車で走っていた。
四ツ橋筋から阪神高速道路環状線に上った。
侵入レーンから本線へ合流した途端、真っ白な大型バスの背後についたのである。
瞬間、そのバスのスリップストリームに入ったような奇妙な感覚に襲われた。
なんだか急に違う次元に引きずり込まれるようにも思われる。
暮れなずむビル街の夜空にむけて、前方のバスの屋根ににユラユラとなにかがたなびいている。
オーロラのようでも、太陽のフレアのようでもある。白く蒼く、ときにはオレンジ色に。
向かい風に火の粉を飛沫させ、バスは屋根を炎上させながら走行していた。
よく見ると屋根部分だけでなく、バス全体が白いベールに包まれたように淡く輝いている。
まるで異星人の乗物に出くわしたような感覚をおぼえる。第一種接近遭遇である。
次の瞬間、ルームミラーに映るパッシングライトで僕は我にかえった。
落ち着いて周りをよく見るとパトライトの渦の中に僕の車はあった。
3、4両のパトカー、2台の白バイに囲まれている。そんな状況に気が付かないほど、
炎上しながら走行するバスに私は気を惹かれていたのである。
白バイの交通機動隊員が接近してきて手を挙げ、運転席の僕にバスを追い越すように指示した。
ただならぬ雰囲気である。いったいこの大型バスの正体は?...

白バイに促されて僕はアクセルを踏み込み、追い越しながらバスの側面を観察した。
窓という窓にはカーテンが下ろされて車内の様子は窺い知れない。
「もしやバスジャックか...」と胸をよぎったが、そういった緊迫感はない。
もっと厳粛な空気が流れているのだ。
ただ一つ半分だけカーテンを上げた窓から坊主頭の中学生のような男が窓の外を眺めていた。
そしてバスを抜き去る瞬間、僕はバスの前面ガラスに貼られたプラカードに目をやった。


”FIFA WORLD CUP 2002 team JAPAN”


ときは日韓合同開催のFIFAワールドカップの真っ最中であった。
キャンプ地に予定されていた大分県中津江村にエンボマ擁するカメルーン代表チームが
五日間遅れて到着した際、「ちょっぴり遅れてごめんなさい」と丸っきり悪びれぬ様子に
「さすがアフリカ、時間の感覚も雄大たい。」とヘンな感心をしたり、
イングランド代表のベッカム様やトルコ代表のイルハン王子に日本中の女性が
メロメロにされたり、ブラジル代表のロナウドの大五郎カットが日本中の女性から
大笑いにされたりした大会であった。やっぱりイケメンはなにかと得である。
そういえばロナウドは当時、笑福亭仁鶴と一緒にボンカレーのCMに出演していた。ような気もする。
しかしたとえ合成とはいえ、ジダンにボールの代わりにヤカンを蹴らせている
カップヌードルのCMは実際にあった。偉大なるスポーツ選手に対する敬意もへったくれもない。
後に合成の事実を知ったジダンに日清の担当者は「このヤカンは俺の頭を茶化しとんのんかい!」
と、頭突きを食らわされたらしい。気もする。って、お前こそもっと敬意を持てっちゅう話である。
因みにこの日清とジダンのいざこざは結局、示談で落ち着いたそうである。

なにはともあれ、期待をはるかに超えた我が日本代表の活躍に
日本中が沸きかえっていたまさにその時である。
その日本代表選手23人を乗せたバスに偶然出くわしたのだ。
さほどサッカー通ではない僕でも彼らのことは知っていた。
当時日本国中、幼稚園児から老人までがこぞって彼らに熱い視線を送っていたはずだ。

ヒデ中田がゴン中山がモヒカン戸田がバットマン宮本が...
そして白い呪術師フィリップ・トルシエとフロラン・ダバディ君が...
そんな男たちの燃えさかる炎を乗せて走るバスに僕は偶然遭遇したのだった。
大型バスが発していたように見えた炎、あれをオーラと呼ぶのだろうか。
僕がもし、江原さんや美輪さんだったらもっと鮮明に見えたのだろうか。
後で知ったことだが、どうやら彼らは翌日の試合に向けて練習を行った後、
宿舎であるリーガロイヤル・ホテルへの帰還中であったらしい。
僕の目に止まった坊主頭の中学生のような選手は、モリシこと森島寛晃選手だった。
当時J2チームに甘んじていたセレッソ大阪から代表入りを果たした小柄なこの選手は
今や彼のホームタウンとなり、ワールドカップの舞台となった大阪の街を感慨深げに眺めていたのだ。

ワールドカップ・イヤーのしかもワールドカップ開催中に生を受けたという
ワールドカップ・ベイビーとも言うべき本田圭佑は
日韓合同開催に沸くこの年の春、故郷である大阪の中学校を卒業したが、
ガンバ大阪ユースへの道を閉ざされ、失意のうちに大阪を離れ石川県星稜高校に進学している。

夜の大阪の摩天楼を燃えながら疾駆する大型バスの窓から我が街を見つめていた森島選手は
翌日の対チュニジア戦で、0-0のこう着状態にあった後半途中から投入され、
ほとんどファーストタッチで日本代表を決勝トーナメントに導く決勝ゴールをきめた。
場所はセレッソ大阪の本拠地、長居スタジアムであった。
自国開催の大会で、自らのホームスタジアムでゴールを決めた選手は
長いワールドカップの歴史の中でも彼をおいて未だいないそうである。それも決勝ゴールである。
その歴史的瞬間をテレビで観ていた僕は、夕べあのバスの窓から静かに夜の街を見つめていた
少年のような森島選手の眼差しを思い出し、胸が熱くなった。
あの時まさしく僕はワールドカップの真っ只中にいたのである。

よく言われるようにワールドカップはスポーツの名を借りた戦争である。
大抵の戦争の大義とはつまらぬ言い訳や愚かな詭弁で成り立っている。
でも戦火の中で死んでいった若い戦士たちは決して愚かなんかじゃない。
彼らは「国の威信」とか「国益」といった曖昧な価値観に納得して戦ったわけじゃない。
ただ自分が愛する人々と、愛する土地を守るために戦ったのだ。
大抵の場合、戦争とはいい加減な為政者が輪になってグルになって仕掛けるもので、
そこに駆り出される戦士たちにはまったく関係ない、いい加減な世界で踊っているだけだ。
ワールドカップを戦う各国の代表選手たちも、ただ自分が愛する人たちの愛する土地に
世界杯という金色の栄誉を持ち帰る為だけに戦っている。
たとえ小さく貧しい国であろうと、ピッチとボールさえあれば大国と互角に戦える可能性がある。
そして四年間の幸福な夢を見、同胞とプライドを分かち合うために戦うのだ。

日韓合同開催大会時に取材のため来日していたスウェーデン人カメラマンの著書の中に
次のような英国誌記者のコメントがある。

「成功しているチームは、各々の選手がお互いのためにそれぞれの役割をこなしている。
それはお互いの信頼のためと言ってもいいし、愛のためと言い換えても大げさではない。
たとえば、日本がロシアと対戦した時、最初の得点を挙げてすぐに日本は再度攻撃に出た。
チーム全員がフォワードに出たが、ボールはロシアに取られてしまった。
ロシアは正攻法でボールをサイドにいた20番の選手へつないで、スピードあふれる反撃に出た。
私はロシアがゴールを決めると確信した。日本はディフェンスがガラ空きだったからね。
でもあっという間に、4人の日本選手がロシア選手を取り囲んでしまったんだ。
どうやって彼らがそこに来たのかわからなかった。
パラシュートにでも乗って降りてきたみたいにすばやかった。
4人は走って走って走ったんだろうね。ただチームのために全速力で。
これほど皆のため信頼のため愛のために自己を捧げられるスピリッツを有するチームは
きっといつかワールドカップに手の届くチームになるだろうと私は思っている」

チームプレイで個人技ばかりにこだわっていては勝利はない。私情をはさむのも危険だ。
でもチームも国もこの地球という星のすべての生物の生態系も食物連鎖も
数限りない私情の綾から成り立っているのである。
美しい私情が輝かしいスポーツの伝説に昇華する瞬間を我々は幾度となく目撃してきた。
金森幸介の「忘れ物をとりにいこう」はロベルト・バッジョに捧げられた曲だと
僕は勝手に思っている。