エピソード112 情けない音楽になった

記録的な猛暑が9月までもずれ込んだ為、あまり実感がありませんが、
今夜は十五夜、中秋の名月であります。
満月にススキの穂とくれば、B.G.M.はやはり秋の虫の音しかありませんが、
鈴虫、コオロギ、クツワムシ君たちもこの暑さにまだ出控えているようです。
夏を乗り切ったご褒美として我々に届けられる秋の夜長を鳴き通すああ面白い
虫の音はまさに清涼感漂う静かな音楽といえるのではないでしょうか。

しかしうって変わって清涼感の欠片も無い「情けない音」というものもある。
一人深夜リビングルームでTSUTAYAで借りたDVD映画かなんかを観ている。
なんだかお尻が痒くなり、ソファから片尻を持ち上げスウェットパンツの中に手を入れて
掻いてみたりなんかする。
夜中にお尻を掻くと、想像以上に大きな音がする。「ボリボリ...」
タクアンかなんかをかじっているような音がする。これが情けない。
身体の部分で、掻いて一番大きな音がするのはきっとお尻である。
臀部がギターのボディーのように共鳴する構造になっているのだろうか。
...なんてことを探究したりして...またぞろ空しさがつのることとなる。

昔、実家の隣にあった仕立て屋のおじさんは、いつも仕事が一段落し一服するとき
動力ミシンを止め、片尻を上げ、ズボンに片手を突っ込んでお尻を掻いていた。
そして掻き終えたその手をおもむろに自分の鼻に持っていき、その匂いを嗅いでいたのである。
岡八郎の至芸「クッサ~!エゲツナ~!」は市井の民のさりげない性癖がその源流にあるのだった。
さすがに私は匂いまでは嗅がないものの、ただ呆けたように深夜に一人掻く尻の音は充分情けない。

あまりに情けないので、DVDを一時停止させ、小腹が空いたことでもあるしと
食品棚を物色し、カップ焼きそばを発見する。
ヤカンに水を入れ、コンロにかける。
沸騰を知らせるピーッ!というホイッスルが台所に鳴り響く。
この音はさほど情けなくないが「ピーピーケトル」という商品名は少し情けない。
発泡スチロールカップに注いで三分待ち、お湯をきる。
熱湯を受けた流し台のステンレスが膨張率の均衡を崩し「ペコン!」という音を発する。
深夜の台所に響き渡るこの「ペコン!」はかなり情けない。というかわびしい。
為替介入やらペイオフやら慌ただしい昨今にわしゃいったいここでなにやっとるんや...
という虚無感を誘うほど情けない。そしてわびしい。
でも金森幸介によると、ざわめきやノイズも静かな音楽になるのだから
尻のボリボリも明星一平ちゃん焼きそばのペコン!もそれはそれで情けなくもわびしくも、
ひとつの音楽の隠し味と言えるかも知れない。

情けないだのわびしいだのと言っても、深夜のカップ焼きそばはけっこううまい。
最近流行りの食べるラー油を垂らすとまたうまい。素直に満足しちゃう。
そういや為替介入もペイオフも俺にはまったく関係ないもんね。
と単純にも気を取り直して二階の自室に上がる。
最近、金森幸介の引越し騒動に触発されて、私もテープ類の整理を始めている。
元来ズボラな性格の私は殆んどのカセットやDATにインデックスを書き込んでいない。
だから整理となるといちいち聴いてみる必要があり、とても難儀なのである。
一本の無記題のDATを再生機に入れて聴いてみる。
生演奏が録音されている。録音なのに生演奏とはこれいかに。
アコースティック・ギターと歌、ピアノ、エレキ・ベースのトリオである。
思い出した。
何年か前に金森幸介と白井幹夫氏と私がスタジオでリハーサルした際の録音である。
リハーサルとはいえ気を抜いてはいない、しっかりした演奏である。
整理を忘れ、しばし聴き惚れる私。
しかし、なにか違和感を感じる。なにかがヘンである。
演奏の合間にかすかに異音が聞こえるのである。「ガサ..ゴソ..カサ..ガシャ...」
大きな音ではないが、確かに聞こえる。演奏中、断続的に聞こえるのである。
これはなんの音だろう?不思議である。不気味である。
深夜の暗い部屋で一人、ヘッドフォン着装で聞くにはちと怖い代物である。
「不思議発見アンビリーバボー」に投稿したろかしら。
と考えた瞬間、思い出した。

この日は午前中にスタジオを押さえていて、東京からの白井さんはホテルに泊まっていたのだが、
「朝飯食ってないから、そこのコンビニでなにか買ってくるよ」と言って
サンドウィッチを買ってきたのである。
早速リハーサルを始めたのだが、空腹の白井さん、演奏しながら食事を摂りだしたのである。
右手はちゃんと鍵盤を叩きながら、左手でハムカツサンドかなんかをほうばるのである。
その包み紙の音がDATから聞こえる異音の正体だったのである。

しかし、演奏には寸分の乱れもない。というかとてもエエ感じのアンサンブルである。
ちなみに私のパートはエレキベースである。
白井さんは左手のパートを省くことで「hiro君、低音パートは任せたよ」と
語っているような気がした。
キーボードと一緒に演奏する場合、お互いのベース・ラインが干渉しあって
アンサンブルが台無しになってしまうことがある。
そういうのを理解した上で、白井氏は敢えてサンドウィッチを食したのである。かな?
しかし演奏しながら食事をとるという芸当は相当の手馴れである。
我々の長年の命題である「ノーパンしゃぶしゃぶにおいて、食欲とエロ欲は両立できるのか?」
の答えを白井幹夫氏は身をもって知らしめてくれているのである。
彼ならばきっと松阪牛しゃぶしゃぶを味わいつつ、難なくノーパンウォッチに
興ずることが可能なはずである。

そう考えると、コンビニサンドを食うガサゴソ異音も情けない音には違いないが、
なかなか味わい深く「ペット・サウンズ」系統とも言えなくもない。
まあブライアン・ウィルソンといえども、さすがにお尻を掻く音はトラックに入れんだろな。