エピソード114 出会い

始めて金森幸介と会った日のことは今も覚えている。
摩天楼の街はまだ「光る風」に抱かれていた。
振り向いた僕の眼に飛び込んできた
幸介クンはまだ蒼顔の青年だったっけ。

初めて会った場所も覚えている。
大阪キタのバーボンハウスの二階にあったリハーサル・ルームだった。
仲介者だったS水I平君に紹介され、金森幸介を含むTHE MELLOWのメンバーに向かって
僕はペコリと頭を下げ、ブッキラボーに「・・・よろしく」と言った記憶がある。
もちろん以前から僕は金森幸介の存在を知っていたし、
その活動歴についても楽曲も知識としては持っていた。
でも人となりはまったく知らなかった。
想像していたイメージを強いて一言で表現すれば「ストイック」に集約されたであろう。
あれから二十数年、細々ながら交友の輪に加えてもらい、実際に知り得た彼の人格とは、
ある意味まったく図星であったし、また別の意味ではまったく的外れであったとも言える。
基本的に「衣食足りて礼節を知る」という価値観が確固された聖人のようであるが、
特定の年齢層の女性に対する執着たるや「禁欲的」から三万宇宙暦遠い場所にある。

始めて金森幸介の自宅を訪れたとき、僕を連れて行ってくれたのは
既に彼と親しい間柄にあった喫茶店主であった。
深夜の来訪にもかかわらず、金森幸介は食事を用意してくれていた。
すき焼きであった。
熱した鍋に牛脂を敷き、まず牛肉のみを焼き、砂糖と醤油で食する。
肉がなくなった状態で、鍋に残った醤油味肉汁でシイタケなどの野菜を焼き
食すという、本格的なレシピであった。うまかった。
手際よく調理をこなす金森幸介。
それまでレコードや放送媒体でしか知らなかった人物のオーディナリーな日常に触れ、
僕はなんともご光栄にあずかった気分になった。
しかしその頃の僕は、キョーレツなコンプレクサー(?)で、その結果、
人見知りで付き合い下手、いや、手の施しようもない「愛想なし」であった。
しかも初めて接近遭遇した職業音楽家の前でキンチョーしていたのである。
アガッていたのである。

喫茶店主はこれ以上なくリラックスした様子で談笑している。
しかし、まったくその会話に参加できない僕。
キンチョーしている上に、話題がチンプンカンプンなのである。
聞いたこともないようなフランス映画の話やヨーロッパのサッカーの話など。
自慢じゃないが、ベタと下世話を信条に生きてきたこの僕には
あまりにハイブローでおシャレで高級な話題であった。
何も言えず、ただ二人の会話の聞き手になっている僕に気を遣って
時々金森幸介が「どうやhiro?シイタケ焼けてるで。シイタケ嫌いか?」などと
語りかけてくれるが「い、いえ、す、好きです。ミネラル豊富でいいッスよね」などと
ゴダールやトリュフォーが浪々と語られる場で、やっと参加できた話題がシイタケであった。
「・・シイタケられた私・・」と小さく呟いてみたが、
高尚な会話に夢中なお二人にはまったく届かない。
その時僕は思った。「ここに来るのはもうこれが最後だろう。
幸介さんとの交友もこれでおしまいだろう。お呼びでない。こりゃまたシツレイ致しました。
さらば金森幸介 さらば孤高のシンガーソングライター・・・」

澱みなく続くお二人のハイセンス・カンバセーションを横にして
僕はなにげなく金森幸介の本棚に目をやった。
トールキンの「指輪物語」が函入りで並んでいる。なんだか荘厳な雰囲気の書物である。
僕はこの時、この有名な作品すら知らなかった。
後に映画「ロード・オブ・ザ・リング」の原作として初めて知った。
無知もここに極まれりである。
サリンジャーやチャンドラーの原書も並んでいる。
「秘密戦隊ゴレンジャー」や「有翼怪獣チャンドラー」なら知っているけど
英語版が出ているはずはない。
実はと言えば、当時の僕の職業は「書店マン」だったのである。
ああ、それなのにそれなのに、このテータラク・・・
「到底ダメだこりゃ」と再度意気消沈した、僕の目に飛び込んできた
長い髪と大きな瞳、君はまだ可愛い少女~ じゃなくて
重厚な書物の影にチョコンと鎮座したペーパーバックサイズの数冊・・・
紛う事なき山上たつひこの漫画だった。
「喜劇新思想体系」のシリーズ。嗚呼「光る風」ではないか。
おやおややっぱ「がきデカ」も押さえているのね。幸介さんてば。
僕はうれしくなって一人でほくそえんだ。
僕は山上たつひこ漫画が大好きだったのである。
当時もほとんどの作品をコンプリートしていたほどであった。

すき焼き鍋の向こうでは相変わらず僕にはチンプンカンプンの
通の会話が続いていた。
でももう僕はシイタケられてはいなかった。
本棚の片隅にソッと並べられた山上作品が僕と金森幸介との距離を
グッと縮めてくれたのである。
思えばあの日、あの本棚に山上たつひこの漫画が並んでいなかったら、
僕が偶然それを発見していなかったら・・・僕と金森幸介との交友はなかったかも知れない。
だから僕は今も山上たつひこ氏には感謝している。

さて時は流れて、平成の御世も重ねて22年。
昔僕と喫茶店主が訪れた金森幸介の自宅は今はもうない。
引越しの際に処分廃棄された書物の類は相当数にのぼったようである。
果たしてあの山上たつひこ作品群は残されたのだろうか。

すべて残されたのである。
長野県在住の知人から「山上たつひこは棄てたらあきまへんで~」と
ご注進が寄せられたらしいのである。
そんなステキな御仁が生きているこの世界。今なおベタで下世話な僕はやっぱうれしい。