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エピソード116 未知の惑星イトカワへ 前編

「ここはどこ?私は誰?」
世間が慌ただしく師走に突入したその日、私は大阪ミナミにおりました。

私は一応大阪府に居を構えてはいますが、今現在大阪市にはあまり縁がありません。
橋下さんと平松さんがあまり仲が良くないせいかも知れません。
大阪府の中心である大阪市のそのまた中心部の市街地はほぼ北を淀川、南を大和川という
河川に挟まれた地域であります。淀川三区は淀川以北にありますが。
私の自宅は大和川以南の、全国的にはあまり認知されていない市にあり、
大阪市内ド真ん中にあるさんくすホールのO夫人などからは
人外魔境扱いをされるほどの、大変のどかな場所であります。
しかも私は地元から離れて行動することもあまりありません。テリトリーが狭小なのであります。
遠征といえばごくまれに金森幸介宅に出向くくらいのことなのですが、
金森幸介は淀川以北の市に在住しているので、
はるばる大和川、そして淀川を渡って金森宅に行くことになるわけです。
当然、大阪市を横断するのですが、全線高架道である阪神高速にのっかって車で移動する為、
両河川にサンドウィッチされたOSAKA CITYの地上には一度も着地することなく、
毎回ただ上空をスルーするのみになってしまうのです。
大阪市に足を踏み入れたのは、ここ数年では金森幸介とIKEAを訪れたくらいではないでしょうか。
しかし大正区という陸の孤島のような場所だったので、
大阪市の土を踏んだという実感はあまりありませんが。

「ここはどこ?私は誰?」
私は心斎橋のファッションビルPARCOの上階にある楽器店を目指してやってきたのだが、
PARCOのあったと思われる場所にPARCOがないのである。
なんだか黄色っぽいビルに代わっており、LOFTという雑貨屋のような店舗が入っているようである。
後に都会人である友人に話したところ、もうえらい前からPARCOはないということであった。
「お前は浦島太郎か」と少々呆れた様子であった。
龍宮城で面白おかしく遊んでいたつもりはないけれど、世間とは相当タイムラグがあるようである。
長堀川が埋め立てられて、長堀通りという道路になっていたのにも驚かされたが、
来る道すがらの高速から以前なら見えた大阪球場を見かけなかったのも気がかりであった。
南海ホークスの本拠地であったあのスタジアムはどこかにいってしまったのだろうか。
「がんこ寿司」の看板もどうなったのだろう。「大砲」門田は今も活躍中だろうか。
ドカベン香川は元気だろうか。ドルトムント香川は元気だけど。
しかしLOFTの上階で、目指す楽器店は幸運にも今だ営業中だった。
私は無事所用を果たし、大勢の人が行き交う心斎橋筋に出た。

長らく田舎暮らしをしてきた私にとって、げに都会は恐ろしいところである。
道往く自動車と自動車の車間は極端に狭く、追い立てられるような強迫観念を覚える。
青信号に変わって少しでも発進にまごついていると容赦なくクラクションを浴びせられる。
心斎橋筋を往来する人々の歩き方もなんだか意味不明にパワフルである。
少しでも躊躇したりしていたら即刻海老蔵状態にされそうである。スキが見当たらない。
背筋を伸ばし闊歩する女性たちも、我が田舎町の女性とは違い、
メイクやファッションにもただならぬ殺気が感じられる。垢抜けたエロ・フェロモンも感じられる。
いや、田舎から来た人たちも、この都市の空気にあてられて殺気めいてしまうのかも知れない。
都会は恐ろしいところである。

心細くなった私はM姐さんに電話をすることにした。
M姐さんはミナミ在住ン十年のネイティブ・シティーウーマンである。
ファッション・センスも文句なし。エロ・フェロモンは・・・あまり感じられない。
都会は恐ろしいところである。

M姐さんはシルク姐さんとおっつかっつのお年頃であるような気がする。
しかしM姐さんはセンスはたんまりあるが、エロフェロは少々不足気味のような気もする。
なんべんもカブせるなっちゅう話である。
「ナイスバディーで、身体が柔軟で、サックスフォンを練習中」という
自分のスキルをすべて活用して、「ビキニでサックスを吹きながらリンボーダンスを踊る」
という至芸をあみ出したシルク姐さんはさすが、タダ者ではないと言える。

センスには欠けるがエロさムンムンの女性と、センス抜群だがエロフェロはゼロの女性、
さてどっちを選ぶ?と問われたら、今の私はどう答えるだろう。
「エロ原理主義」でならした私もさすがに寄る年波に枯れ気味であるので、答えは微妙である。
まあ女性たちにしてみれば「大きなお世話じゃい!このフェロモン&センス両無しオヤジ!」
ということになろうが・・・
M姐さんの携帯電話を鳴らす呼び出し音を聞きながら私はそんな事をぼんやりと考えていた。

M姐さんが電話に出た。
シルク姐さん同様、この姐さんもタダ者ではないと私は睨んでいるのだが。
なんと姐さんは金森幸介と連れ立って、これから日本一うまいコーヒーを
飲みに行くところだというではないか。
嗚呼金森幸介よ!私が群れから迷った小鳥のごとく、都会の寒さに一人震えているというのに
女性と密会しているとは!いくらM姐さんがエロフェロに欠けるとはいっても美女は美女である。
ウィキリークスに暴露してやろうかとも思ったが、
とにかく私は慣れない都会の風に戸惑っていた。寂しかった。心が凍え傷ついていた。
宇宙空間を何万キロも孤独な旅をした小惑星探査機はやぶさのように満身創痍であった。
誰かとの交信が必要だった。
私は恐る恐るM姐さんに「僕も一緒に行かしてもろてもええかな?」と訊ねた。
「来れるもんやったら来たらええがな」とM姐さんはこたえた。
名前はM姐さんだが気風はけっこうS姐さんである。
姐さんと金森幸介は大川沿いの、なんだかヤヤコシイ場所にいるようである。
普通なら「まさか桜ノ宮のホテル街やないやろな・・・」と詮索したりもしただろうが、
その時の私にはそんな余裕はなかった。

「ほな、なんとかして行くから、待ってて」
果たして、カーナビも亀も持たない浦島太郎であるこの私に辿り着けるのだろうか。
そして日本一うまいコーヒーのご相伴に与れるのだろうか。

M姐さんの怒りを買って再起不能にならない限り、怒涛の後編へ続く!

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