エピソード118 未知の惑星イトカワへ 後編

「私は誰?ここはどこ?」
味わい深い店なみの連なる天神橋商店街に別れを告げ、我々三人は車上の人となった。
助手席の金森幸介にナビゲートされ、私の愛車は天神橋六丁目の交差点を右折した。
道沿いの時間貸駐車場に車を駐め、徒歩で音太小屋を目指す。
金森幸介が指し示す角を曲がる。やけに曲がりくねった路地である。狭い。暗い。ちょっと怖い。
右手に怪しげな灯りが燈されている。
我々の眼前に「路地裏実験劇場 イベントホール 音太小屋(ねたごや)」がその全貌を現した。
果たしてここは間違いなく淀川と大和川に囲まれた大都市OSAKAの町並みなのだろうか。
そこはかとなくアンダーグランドの気配が漂う。
いや、大都会の真ん中でこそアンダーグランドはアンダーグランドたりえるのかも知れない。

なんとなく大きめの民家のような建物の入り口で履物を脱ぎ、
狭い階段を二階の会場へと上がる我々。
会場の前のロビー(?)で本日の主催者糸川さんが出迎えてくださる。
私の方は糸川さんをはっきりと存じているのだけれど、向こう様は
私をきっとご存知ないので、引っ込み思案の浦島太郎はちゃんとしたご挨拶も出来ぬまま
会場へと入り、一番奥の座席に金森幸介を押し込んで、その隣に腰掛けてオープニングを待った。

我々が座った客席の横の壁に、クワやスキなどの古い農機具がぶら下げられている。
民芸居酒屋か?横溝正史的猟奇の匂いもするぞなもし。
しかし大和川以南居住非免疫民族の私でも金森幸介が予見したような生命の危険を
感じることはまったくない。淡い居心地の良ささえ感じる。
そもそも青春時代の私は、かのロック喫茶天王寺マントヒヒで過ごしたりした男なのである。
けっこうアングラ・シーンも許容範囲なのかも知れない。

過疎の山村の集会場のようにも見える会場に続々と観客が集まってくる。
「まんず、シバれるっすなあ」なんて挨拶が聞こえるようである。
私より年嵩の上の方が大方のようである。光玄氏の姿も見えるが、なぜか大きなマスクをしている。
氣遊のI氏も元気そうである。最近玉造に新居を構えられたオーダーメイド家具ZOOさんの姿も。
嘉門達夫氏も律儀にも駆けつけ、ステージでスピーチをされ、いよいよLIVEの始まりである。

ステージ中央に白いスクリーンが下ろされ、そこに映写機からの映像が映される。
糸川さん自らが作品の解説をされ、落ち着いたテンポで映像LIVEが繰り広げられていく。
昭和の大阪の街の写真で構成された「都市FILE」 少年時代を思い出し、懐かしさがこみ上げる。
関西系ミュージシャンのポートレイト。お馴染みの芸人さんたちの若かりし頃の姿。
年季の入り方はもちろん、圧倒的な仕事量と確かなクオリティーに息を呑む。

かなり以前にNHK奈良の依頼で制作したという我がふるさと奈良系番組が紹介される。
これははっきり言って前衛芸術作品である。
いかに地方局とはいえ、これでNHKとしては問題なかったのだろうかと心配する。
「案の定、後で問題になりました」と飄々と解説される糸川さん。爆笑。
隣で金森幸介が「初手から前衛やもんなあ。恐れ入るわ」と感心する。

続いての上映は、神戸のPUB "JAMES BLUES LAND"を舞台にした音楽物語"James Wind"である。
全12話から成るオムニバス映画だが、主役はなんと我らが光玄兄さんである。
我々のひとつ前の席にはJAMES BLUES LANDのオーナーのスーさんと
金森幸介のお気に入りガール、ヨコちゃんの姿も。私もタイプである。

光玄兄さんがJAMES BLUES LANDのステージで名曲「悲しい夜は自由になれる」を熱唱している。
ふいに画面上手より一人の男性が姿を現せる。
千趣会で通販しているエプロンスカートみたいな衣装を裸の上に直接纏っている。
髪型は「横モヒカン」とでも表現すれば正解に近いだろうか、
アース・ウィンド&ファイヤーのモーリス・ホワイト系である。
眉は剃られていたような気がする。
暗黒舞踏とか呼ばれるようなものほどまがまがしくはないけれど、ちょっと怖い。
眉なしモーリス・ホワイトは光玄兄さんの演奏に合わせておごそかに踊り出した。
これって笑っていいの?ダウンタウンのコントでこんなのがあったような気もするけど・・・
しかしこのちょっと怖い踊り子さん、動きのキレはとても良い。ハイレベルである。
これまたアバンギャルドである。我関せずといった模様で熱演の光玄兄さん。
自由になるにもホドがあるやろっちゅう話である。

"James Wind"のネクスト・ナンバーが続く。
神戸の波止場で物憂げに波間を見つめる妙齢の美女。潮と夜の匂いが流れてくるようだ。
何が彼女に起こったのか。何を彼女は背負っているのか。
訳ありの小股の切れ上がった女とでも言うのだろうか。
前回の懸案であったエロ・フェロモン含みの女性とも言えるだろう。
寒さと哀しみに凍えた彼女は、道すがらの店のネオンをふと見上げる。
店の名は"JAMES BLUES LAND"
何かをそこに感じた彼女は、意を決して店への階段を上り始める。
落ち着いた米国アンティークの椅子に案内され、特別出演のスーさんがメニューを示す。
ステージでは金森幸介が「ビューティフル・ナイト」を演奏している。
光玄兄さんも共演している。
女性のテーブルにカクテルとアペタイザーを丁寧にサービスするスーさん。
少々キンチョーされているようでギコチさも感じるスーさん。なんだかチャーミングである。
柔らかにグラスを口元に運び、金森幸介の歌に意識を結ぶ女性。
♪君の肩を抱いて 君の心を抱いて 君の痛みを抱いて Woo what a Beautiful Night...
なにかが彼女の中で弾ける。切れる。そして繋がる。

私の拙い文章力では、このなんとも魅惑的な世界観を表現できないのが口惜しい。
一言で言えばレーザーディスク時代のカラオケの画面のようである。
映像の下方に歌詞がスクロールされても違和感ないだろう。
これまたビューティフルにもホドがあるやろっちゅう話である。
こういった世俗と前衛とのキワキワの行きつ戻りつが糸川さんの真骨頂のような気もする。
虚像と実像、此岸と彼岸・・・一緒くたに笑い飛ばしてしまおうじゃないか。
潔ぎよくて、そしてお茶目である。

演し物のトリを飾るのは、「レモンセッケン 3&4」である。
もはや前衛をも超越しての不条理的快感の波状攻撃の連続に横隔膜は悶死寸前に追い込まれる。
レモンセッケン3「川止め」は「初の時代劇」と銘打たれているが、
のっけから小料理屋の止まり木でうたた寝する着流しの貧相なハゲ親父の後姿。
止まり木の中で女将と思しき女性がナスを縦に切り、その片方を親父のハゲ部分に乗せ
ガムテープで貼り付け、チョンマゲ頭のサムライの一丁上がりという具合である。
どないだ?このコンデーション。

糸川さんの実際の年齢を私は知らない。しかし少なくとも歳上であられることは確実である。
私などはもうこの歳で息も絶え絶えで、白旗までは揚げないまでも攻撃を仕掛ける意欲など
もはや無きに等しい。
なのに糸川さんのこのパワーはどうだ。
表向きはあくまでも飄々と、しかしその内に秘められた心意気はトンガリまくっている。
ただただ感服するしかない。
糸川さんの作品に接すると、日常では使われていない脳内の部分が胎動するような気がする。

私は一人車に戻り、帝国ホテルOSAKAを左手に見つつ、静まった天満橋通りを南下した。
もうこの大阪という大都会に対する畏怖の念は消え去っていた。
さあ、大和川を超え、わが町に帰還することとしようじゃないか。
今回、未知の惑星イトカワで私が採取したサンプルはほんの僅かな微粒子かも知れない。
でも大切に持ち帰ろう。そして明日を生きる勇気への糧となすのだ。

私は誰?ここはどこ?

貴探査機の名はlefty-hiro 現在地の座標を送信する

ファイナル・ミッション ただちに帰還せよ

帰還先は地球日本国大阪府大和川以南地区 無事を祈る over

roger!