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エピソード12 CD探しの旅 後編

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ウィークデーの昼間とはいっても、ミナミはやはり煩悩刺激物に溢れ、我々求道者に迷いを誘う。
超ミニのキャンギャルからタバコのサンプルをもらったり
「私たち配る人!」の武富士ガールからティッシュをもらったり、
パソコンもないのにヤフーBBの接続キットを受け取ったりしてしまう。プーさんのヌイグルミ付きで。
若い女性が配っているものにはなんにでも手を出してしまうのだ。
高島屋に着く頃には二人ともデイバッグがパンパンの状態になってしまった。
えらい軟弱な求道者もあったもんである。どんな道を求めとんねん!
「僕たち、このままじゃダメになってしまうね..」
そこで我々はノーネーチャンの世界を目指すことにした。
そう、行き先は求道者たちの聖地!電脳世界の魔都!バーチャルエクスタシーの殿堂!
ストーンウォッシュジーンズ&アニメTシャツの男たちの夢殿!
早い話が電器の街日本橋である。

道すがら金森幸介が「俺、そろそろステッキ持って歩こかなって思てんねん」と言う。
「まあ!それはステッキね!」とはさすがに返さなかったが、
真剣にそれもカッコいいかもと思った。

日本橋筋に到着した我々が最初に向かったのは、以前から目星をつけていた中古CD店だ。
何ヶ月か前、梅田に出していた催事店の商品がリーズナブルだったからだ。
その時貰ったチラシを頼りに裏通りを探した。
やっと看板を見つけた。洋品屋さんの2階のようだが、階段が見当たらない。
大きく看板は掲げられているのに、店には上がれないのだ。なんで?
我々は焦った。ファイナルファンタジーのダンジョンの如く、隠しアイテムが必要なのか?
果たして我々はこのステージをクリアできるのだろうか。流石に魔都日本橋!一筋縄ではいかない。

立ちすくむ私に金森幸介が言った。「ここになんか書いてるぞ」
見ると、小さな立て看板に「○か×へは建物裏へお回りください」とある。
裏へ回れ?うむ~..なんだか怪しいが、とりあえず建物の裏側へ回ってみた。
なるほど、飲食店から出た生ゴミの袋に埋もれるように細い螺旋階段がある。
あ、怪しい。怪し過ぎるがな。
しかし、折角ここまで来たのだからと我々は階段を上り始めた。
金森幸介の後ろに私が続く。しかしこの階段、狭いうえに段の高さが均一ではないのだ。
案の定、金森幸介はつまずいて私の上に落ちてきた。その反動で私は下まで転げ落ち、
生ゴミ袋をクッションになんとか九死に一生を得た。マンガだったら口に魚の骨をくわえてる状態だ。
そらあんた、ステッキも必要かもね。しかし天竺への道はあまりに遠く険しい。
気を取り直して再び階段を昇り始める二人。二度同じ過ちを繰り返すほどマヌケではないが
この男だけは油断出来ない。”笑かし”に走る場合もあるので念の為私が先に昇った。
たかが2階の店に行くのに、なんでこないにスッタモンダ?
店内はまあ普通だった。金森幸介は気にいったブツがなかったようだが、私は1枚だけ購入した。

階段の一件ですっかり疲れてしまった我々。少し休憩を取ることにした。
魔都にだってちゃんとドーナツ・ショップは存在し、我々を優しく迎えてくれる..はずだった。
平日ながら混雑する店内。金森幸介に席確保を任せ、私はレジに並んだ。
ようやく自分の番が回ってきたと思った瞬間、私の前に鮮やかな水色の物体が割り込んできた。
よく見るとそれは水色の和服を着た50~60歳のオバチャンだった。
「ちょ、ちょっと、あ、あの僕が...」と訴えかける私を尻目に「こっち!こっち~!」
と店の外に手を振っている。
唖然とする私の前に色とりどりの和服のオバチャンが6、7人割って入ってきた。
どうやら日舞発表会かなにかの帰りらしい。
「田中さ~ん、あんた何する?あっ、そうそう、これ!このポンデなんちゃらいうのんが流行りらしいよ」
「あそう?ほなわたしもそのポンデなんちゃら!」「わたしもポンデ!」「わたしも!」
ポンデポンデポンデポンデ....お前らは円広志か~!!

ようやくコーヒーとドーナツを手に入れ、トレイを手に金森幸介の待つ席に着いて、また驚いた。
隣りがさっきのオバチャン軍団、反対側の隣りは中東系のヒゲ外人2人組だった。
我々は無言でコーヒーをすすった。
横目で隣りの外人2人をうかがうと、一人がアタッシュケースから大量のビロードの袋を取り出している。
その中からはロレックスやブルガリなどの高級腕時計がゴロゴロ出てきたのだ。
偽物取引の現場に遭遇してしまったようである。
ポンデオバチャンズと不良外人に挟まれて我々はドーナツをモソモソと食べ、そそくさと店を後にした。

恐ろしい街である。とくに裏道は危険である。
我々はメインストリートの1階に店を構える中古CD店に逃げ込んだ。
しかし惜しいかな、ここは邦楽がメインのようである。仕方なく引き揚げようとしたその時、
一見してアジア系外国人と思しき3人組が入ってきた。
先頭のサモハンキンポー似の大男が叫んだ。「コーカオンノCDアルカ~?」
後に控えたサミュエル抜きのホイ兄弟のような2人も続いて「アルカ~?」
茶髪に耳ピアスの店員は冷静だった。「ないッス」
返事を聞いてサモハンは意気消沈して「我泣~!ナイカ~」
続いてホイ兄弟も「ナイカ~」とガックリ。しかしまあ..効果音..なんに使うんや?

魔都の毒気にすっかりあてられた我々は首(こうべ)を垂れて外に出た。
外はまだアスファルトに陽炎揺れ、その向こうには逃げ水がうずくまっていた。暑い。
うなだれた我々の視界の端っこで花模様のキャミソールが風に揺れた。
こんな時はカワイコちゃんを見てお口直しをするのが一番である。
嬉々として頭を上げた我々が見たのは...薄手の花模様のキャミソールを纏ったオッサンだった。
しかも塩昆布と一緒に一週間も煮しめたようなヒゲ面。
ニコレッタ・ラーソンの容姿に丹古母鬼馬二の頭部をのっけた状態を想像して欲しい。
そんなのがステップも軽やかに我々の目の前を闊歩しているのだ。

やはり我々はノーネーチャンの世界では生きていけない。求めた道はどこにある?
ミナミの街に溢れる煩悩刺激物を懐かしみ、軽い眩暈を感じたその時、
ビルの谷間から見上げた空に、夏の陽は既に傾きかけていた。 ≪完≫

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