top of page

エピソード120 一字違いで大違い

talkingbook.jpg

昔から「一字違いで大違い」ってネタがあります。
「ハケに毛があり ハゲに毛がなし」なんてのですが、
まかり間違えば、人間の一生を左右する事態も発生する可能性を秘めております。

松下幸之助さんがもしも、松下幸助という名前だったら、
ちょっと格下なイメージになりませんか。
その人生の値打ちも一ランク下がったような気もします。
「経営の神様」などと持ち上げられることもなく、ただ二股ソケットを考えて小金をつくった
電気屋のおっちゃん止まりだったかも知れません。

逆に我らが金森幸介が”金森幸之介”だったならば、
もうちょっと世間からマシな扱いを受けたかも知れません。
なんだかニヒルな剣達の浪人みたいなイメージになりませんか。
さらに万全を期して金之森幸之介にしてたら、もう鬼に金棒だったはずであります。
妄想の世界だけでなく、現実にタカラジェンヌと酒池肉林だったはずであります。

しかしなんでもかんでも「之」をつけたらいいというものでもなく、
北島康介が”北島康之介”だったら、あんまり泳ぎ速そうじゃなくなります。
実家の「肉のきたじま」でコロッケでも揚げとけって感じになります。
だからこそ、一字が大切なのであります。

高校の三年の年末。ちょうど今頃の話である。
クラスメイトで金持ちの息子であったS君が昼休みの教室で私に言った。
「hiroくん、今度のクリスマスにな、うちの親父が入ってるクラブが
ダンス・パーティーやるんやて。それでな、hiroくんらにバンド演奏頼まれへんかな?」

即効でOKした。持つべきものはセレブの友だちである。とにかく謝礼が大きかった。
このときも「♪やっぱりお金はあったほうがいい~」と耳元で囁かれたような気がするが
誰の声だったか記憶にない。
さっそく当時のバンド仲間を教室に呼んで打ち合わせをした。
ダンス・パーティーということで、ここはひとつファンキーに演りたい。
その当時の僕ら男子高校生の憧れはなんといっても"FUNK"であった。
"FUCK"にももちろん憧れてはいたが、これは一字違いでもあまり大違いではない。

ファンク・ミュージックを演る為にギターのO君は「ワウワウ」と呼ばれるエフェクターを
既に入手していた。ファンクにはワウワウを使用したカッティングが必要だったのである。
必要不可欠とまでは言わないが、「っぽく聴かす」ためには重要だったのである。
「しかし欲を言えば、クラビネットも欲しいなあ」とO君。
そう、クラビネットもその頃のファンクにはかなりの必須アイテムだったのである。
ハーモニカで有名なホーナー社が開発した非常にクリスピーな音色の電子鍵盤楽器であり、
スティーヴィー・ワンダーの名曲「迷信」などはクラビネットなしではありえなかったともいえる。
しかし当時の日本では目にすることすら珍しかったのである。

「そうやなあ、クラビネットあったら完璧やねんけどなあ。僕らのファンク・バンド。
誰かクラビ持ってへんかなあ・・・」
すると、横で聞いていたセレブのS君がなんと、「持ってる奴知ってるで」というではないか。
なんでもお坊ちゃま学校で有名な私立高校に通っているS君の友だちが所有している
というではないか。さすが金持ちは我々とは次元が違うということである。
しかし、クリスマスまであと数日。練習も一度しか出来ない。
一度も合わせたことのない人間とそんな状態で人前でまともに演奏できるのだろうか。
しかし我々はクラビネットの魔力に負けた。一緒に演りたい。金持ちと、いや、クラビネットと。
S君にそのクラビネット君に連絡してもらって、レンタル・スタジオに来てもらうことになった。

いつものレンタル・スタジオのロビーで僕ら「ファンクに憧れバンド」の面々は
超ワクワクしながらクラビネット君の到着を待った。
約束の時刻ちょうどに彼はやってきた。しかし大きな楽器を持ってきている様子がない。
なんだか小さなケースを携えているだけである。なんだか悪い予感がする。
ブースに入って我々はお互いを自己紹介した。彼はおもむろに持参したケースを開けた。

出てきたのは、予感通り”クラリネット”であった。
そう、ぼくの大好きなクラ~リネットであった。
パパからもらったクラ~リネットであった。
お~ぱっきゃまら~ど ぱっきゃまら~ど ぱおぱおぱっぱっぱ~であったのである。
黒光りするその木管楽器を彼はそそくさと組み立て始めた。
音を立てて崩れ落ちる我々のファンク。めまいがした。
しかしS君の手前もあるし、こちらがお願いして、せっかく来てもらっているのである。
「一字違いで大違いやし。帰ってんか」というのも気の毒である。
しかも本番は明後日に迫っているのである。
しかたなく我々はクラリネット奏者をメンバーに加えて練習を開始した。

クラビネット君改めクラリネット君はハンパなくヘタクソであった。
しかも「このキーでは出来へんから、キー変えて」とかワガママなことを言う。
しかし、こちらは弱い立場である。お陰でボーカルはかなり低いキーで歌うハメになり、
なんとも陰気なファンク・バンドになってしまった。
ヘタな気遣いは事をよりヤヤコしくしてしまうのであった。

パーティー当日、我々はとりあえず頑張って演奏した。
S君のお父さんの入っているクラブとは、○イオンズクラブという奉仕団体であった。
名称を聞いた覚えはあるが、どんなことをしているのかは知らない。
でも奉仕団体である。きっと立派な人たちなのだろう。
立派な人たちの前で、少しも立派じゃない我々は張り切って演奏した。
しかしクラリネットという楽器の音色はかなりヒューマンである。
しかもそれがドヘタときているから、「滑稽さ」も加味されたりするのである。
O君自慢のワウワウ・ギターも「滑稽」に交われば「コミカル」にしか響かない。
私は演奏しつつ悲しかった。またまた音楽で大失敗をしてしまった。

しかし、あに図らずや、クラブの立派な人たちにはけっこうウケているようである。

パーティーが終わり、S君のお父さんが私に謝礼を手渡してくれながら言った。
「いや~君ら良かったで。デビューしたら売れるんちゃうか?」と。
私は驚いた。立派な人はちゃんと他人の努力を見ているもんである。
「あ、ありがとうございます。これからも僕ら頑張ります!」と私はこたえた。
S君パパは私の肩を叩きながら続けた。
「しかし、チンドン・ロックとはよう考えたなあ」

一字違えば大違いである。そして時にそれは人の人生を左右するのである。
一字違いに気づいたら、人情に流されず即N.G.勧告するべきなのである。
しかし今だ流れに逆らう術もなく、発展した大違いにえらい目に遭う金森幸介と私である。

bottom of page