エピソード124 音楽の仔ら

中学三年生になった次男が最近ギターを弾き始めた。
しかもかなり真剣に。
大学に入学した長男が下宿暮らしの為に出て行って、やっと静かになったと思ったら、
またまた♪ジャンガジャンガジャンガジャンガが始まったのである。
お前らはアンガールズか。・・・なんや"Heat Wave"のイントロでっか。

一応の親としては、受験生がそんなことにうつつをぬかしていていいのかとも思うが、
そんな偉そうなことが言えるような受験生ではなかった親の私である。

しかしまあ、「カエルの子はカエル」という奴だろうか、
「これを聴け」とも「これを弾け」ともまったく導かなかったにも関わらず、
二人の息子は揃いも揃って、ある時期になるや、知らないうちに家のそこいらに転がっている
音源やら楽器に興味を抱き始めて、結局は音楽に夢中になってしまうのだから不思議である。
いや、不思議でもなんでもない。
だって音楽はやっぱりいつだってとんでもなく幸福なものなのだから。

金森幸介と私は梅雨の篠降る雨の夜、人もまばらなうらぶれた店でコーヒーを飲んでいた。

「最近、次男がギターを弾き始めてな」と私が言うと、
「おっ、ええやんけ。なんちゅうても音楽はええもんやからな」と金森幸介。
「親の俺が言うのもナンやけど、けっこうスジがええ気もするんや」
「そしたら、俺がフィンガー・ピッキング教えたろか?」と金森幸介。
「えっ?ええんか?そら次男喜ぶで」
「レッスン一回、ワンコインでええわ」
「金とるんかい!」

帰宅して、さっそく次男にそのことを告げると、
「えっ!ほんまに幸介さん教えてくれるの?」と大層うれしそうである。
「ほんまにワンコインでええの?」と自分のブタの貯金箱を叩き割りそうな勢いである。
彼はなぜか金森幸介と敦賀のペダルスティールギタリストNAYO君をソンケイしているらしいのである。
理由は明かさないが、きっと次男にそんな事を感じさせる佇まいが彼らにはあるのだろう。

先日次男がインターネット検索をしていて、あるサイトで
「金森幸介は日本屈指のフィンガープレイ・テクニシャンである」という
これまた思い切った評価を見つけたらしいのである。
これまで人間的にソンケイしていた金森幸介が、自分が音楽に目覚めた今、
音楽家としてもソンケイできる男であることに気づいたのである。
しかし、そのサイトがどんな系統のサイトだったのか、少々気がかりな私である。
「日本屈指のフィンガープレイ・テクニシャン」の前に
「加藤鷹、チョコボール向井と並び称される・・・」というような形容がなかったか、
とっても気がかりな私である、

最近、頓に私は次男が金森幸介に似てきたような気がする。
幼い頃は山崎まさよしに似てると言われていたが、それは外見であって、
今回金森幸介に似てきたのは内面である。
そう、次男はどうも"No-No Boy"でもあるようなのである。
「扱いにくい男」と呼ばれる男でもあるようなのである。
我が子ながら、次男はまるで”金森幸介jr.”のようである。

彼は中学校で卓球部の部長を務めているのだが、顧問教師や担任教師に
正面きって楯突くようなことがままあるらしいのである。
しかし話を聞いてみると、次男の言い分は正当であり、他の素行や成績にも
特に問題はない為、教師達にとっては相当扱いにくい生徒であるようなのである。
学校や塾の個人懇談では決まって「彼は・・頑固ですね・・・」と言われてしまう私は父親である。

修学旅行のしおりの表紙に次男が描いた絵がクラスの投票によって選ばれたのだが、
出来上がった表紙の次男作の絵には担任教師によって
ヘタクソなアニメのキャラクターが描き足されていたのである。
「そんなら最初から自分で描いたらええのに・・・」
次男はガッカリし、そして抗議した。
しかし教師には「なぜこんな些細なことに怒るのか」と理解できなかったようである。
結局、相手が中学生だということでナメているのである。
些細なことがすべてを語る。この教師はきっとすべてにおいて生徒をナメているに違いない。

でも本音を言うと、親の私としてはもう少し「世間と折り合いをつける」ことを覚えて欲しい気もする。
私自身ももっと人生の早い時期に「折り合いをつける」術を身に付けていれば、
もう少しは生きていき易かったはずである。

次男の場合、相手は中学三年の学級担任教師である。
これでまた高校受験の内申書ポイントが下げられたことは確実であろう。
お願いだから折り合いを~・・・・
でもそれは仕方がないことである。
本来、若者たちの辞書に「世間と折り合いをつける」なんて言葉はあってはいけないのである。
少年少女達よ、正しいと信じたものの為にシブトイ"No-No Boy""No-No girl"であり続けて欲しい。
誰だってこの腐った世界に向かって"NO!"と叫びたいこともあるのだから。
”扱いにくい奴”であり続けることはきっとかなりシンドイだろう。でも決して負けてくれるな。
本当に申し訳ないけれど、私たち世代はきっとどこかで負けてしまったのだ。
まるで見事に完敗してしまったのだ。

先日修学旅行で次男たちは長野県に旅した。
一日目は信更地区というところで数人に分かれて農家に「ファームステイ」とやらをしたらしい。
翌日は旅館に宿泊したのだが、夜、教師達の提案によって予定外の肝試し大会が催された。
人里離れた神社の参道を歩いていき、本殿に辿り着いた証拠の品を置いてくるといった趣向である。

途中で物陰に隠れていて参加者を怖がらせる役を選出することになった。
しかし誰も名乗りをあげない。
学校や学級の役職とか係を選出する際、誰も名乗りあげなくて話がまとまらぬ場合、
たいてい次男が「誰もやらんのやったら僕がやるわ」と収拾をつけるらしいのである。
そういう悶々と煮え切らない時間がどうにも苦手らしいのである。
結果、五つも六つも役や係を引き受けてしまった超多重肩書き中学生となり、
結局個人的に収拾がつかなくなっちゃってる気もするけれど、
本人は自分ひとりの中でカオスをまとめて昇華させてしまう作業の方が楽なようである。

結局今回の怖がらせ役も「誰もやらんのやったら僕がやる」とばかりに
石段の途中のご神木と石碑の影にひとり隠れて参加者を待つはめになった次男。
照明はなにもなく、辺りは真っ暗で、月明かりだけが頼りである。
藪蚊がTシャツの袖からも侵入してきて、少年の胸板を餌食にしていく。
暗い。痒い。そして怖い。

次男の頭に夕べファームステイさせてもらった農家の老人から聞かされた話が甦る。
農家の近くにある「嫁殺しの池」と呼ばれる沼の因縁談である。
おいおい、中学生になんちゅう山村紅葉が出てきそうな所帯じみたホラー話聞かせとんねん。

"No-No boy"”扱いにくい男”とは言え、やはりまだ中坊である。お化けは怖い。
安請け合いしてしまった後悔がよぎる。しかし時すでに遅し。
漆黒の闇の向こう、静まった石段の下から人が上ってくる気配がする。
石碑の影から覗くと、数人の生徒が肩を寄せ合って上ってくる。
しかも手に手に懐中電灯を携行しているではないか!
なんだかワイワイと和やかである。
次男は憤りを隠せなかったが、肝試し中というシュチエーションの手前、とりあえず心中で叫んだ。
「怖がらせ役のほうがハンパのう怖いっちゅうねん!」

しかし次男はお化け役を全うすべく、頭をTシャツの中に埋め「ケケケケッ!」を叫びつつ
参加者の行く手に飛び出した。
和やかな通行人だった修学旅行生たちは「ワ~ッ!出た~っ!オバケ~!」と、石段を転がるように
散り散りに逃げ去ったのである。今時の都会の中学生にしては、なんとも牧歌的なリアクションである。
ともあれ、次男は自分の役目を恐怖に震えながらも全うしたのであるが、
その後、何分経っても誰もやってこないのである。
ある程度暗さや静けさには慣れたきたが、薮蚊の攻撃には耐えられない。
一時間ほど経過したであろうと思われた頃、我慢の限界を感じた次男は集合場所に戻った。
しかし、そこには一人の生徒も教師の姿もなかった。
怖がらせ役で潜んでいる次男のことを全員すっかり忘れて宿舎に帰っていたのである。
"No-No boy"にも”扱いにくい男”にもなるっちゅうねん!

たいていの場合、世間は自分らの無神経さを棚に上げて、ちゃんとやろうと努力する者を
「頑固者」と罵ったりするものである。


以上は修学旅行から帰宅した翌晩に、次男が銭湯の露天風呂に浸かりながら
私に語ってくれたエピソードである。

夜に車で移動しつつ、風呂に入ったり、なにかを食ったり飲んだり笑ったり怒ったり・・・
かのように私と次男の付き合い方は、私と金森幸介のそれとほぼ同じである。
ただシモ系会話とたゆとう紫煙が欠けているだけである。

次男は音楽や卓球や世の中の理不尽や友人たちのことをクールに、でも夢中で話す。
私は自らが誇る友人たちの、誇り高くも多少トホホなエピソードを語って聞かせる。
次男は時折ケラケラと笑いながらも、真剣な面持ちで耳を傾ける。
我が友人たちの誇り高き遺伝子は、これからおとなになっていく彼のスピリットに
必ずしっかりと組み込まれていくことだろう。

誇り高き音楽の仔らよ。
君たちはlefty-hiro jr.であり、
金森幸介jr.であり、
NAYO jr.であり、
森英二郎jr.であり、
Zさんjr.であり、
Kimsha jr.であり、
名古屋フリコンメンバーjr.でもあるのだ。
でもまあ、どう転んでも将来金持ちにはなりそうもないことは残念である。