エピソード128 いよっ!日本一!

金森幸介は日本一のシンガー・ソングライターであります。
少なくとも私はずっとそう思っています。

金森幸介を凌ぐ技を持つギタリストは日本にいくらもいるだろうし、
彼よりもキャッチーなメロディーを書く作曲家も何人かいるかもしれない。
金森幸介より人の心をつかむ術に長けた作詞家もそこそこいるだろうし、
彼よりもイケメンな音楽家もけっこういるかもしれない。
多分いるだろう。絶対いる。ゴマンといる。

そうなのである。音楽家といえども、ルックスは重要なのである。
金森幸介の古くからの盟友である、名古屋のシンガー・ソングライター
いとうたかお氏は、今をときめく堤幸彦監督にそのシブい男前ぶりを買われたのかどうか、
なんと映画「MY HOUSE」に主役として出演したというではないか。
しかも共演はあの石田えりさんである。
元夫芳野藤丸氏とのプライベート映像はDVD黎明期においての重要なトピックとして
今なお私たちの脳裏とフグリに鮮明なる記憶を残している。
ペケ氏もポスト藤丸さんとして、えりさんにあんなことやこんなこと出来るんか・・
と思ったら私はもういてもたってもいられないのである。
やはり男前には生まれつくものである。

更に音楽家のルックスにはインパクトも求められる。
これまた金森幸介の盟友、強烈なインパクト・ルックスを誇る有山じゅんじ氏などは
街で若者にサインを求められ「よっしゃ、よっしゃ」と気持ち良く応じたのはいいけれど、
書かれたサインを手にした若者に「・・・ラモスさんじゃなかったんですね・・」と
明らかにガッカリされたという噂もあるほどである。
ガッカリするのはこっちである。
・・・これって、見た目のインパクトで損をした例になっちゃってますけど。

なにはともあれ、インパクトも重要なのである。
さて金森幸介と私といえば、どう贔屓目に見てもイケメンとはいえず、
良くも悪くもインパクトにも欠ける「オーディナリーなメンズ」である。
この際ついでに言えば金森幸介も私も、金だってないのである。
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云えり」とは福澤諭吉翁の言葉だが
むちゃくちゃ造っとるやんけ!おまけに福澤さんの肖像画もとんとお見限りやし!
と我々は憤慨しておるのであ~る。
いつの間にか「我々」になってますけど。

ギターテクも作曲も作詞も他に凌ぐ者がおり、ルックスからもインパクトからも
金運からも縁遠いとなれば、どこに取り柄があるというのか金森幸介。
なぜ私がそんな昭和枯れススキを「日本一のシンガー・ソングライター」と評価するのか。
それはトータル・バランスの素晴らしさである。凛とした佇まいである。
そしてなによりそのシルキーな歌声である。
それを詳しく語るには何十ページも必要となるので、あとは皆さんでご自由に同感するなり、
ちょっと首をかしげるなり、「なに言うてけつかんねん!」と罵るなりして下さって結構です。

かの「オーナベさん」こと故渡邊一雄氏は生前、嘉門達夫氏に
「幸介君は日本一のシンガーになると思ててんけどなあ」と洩らしておられたそうである。
日本音楽界の最辺境オホーツク方面を慎ましく歩んできた枯れススキの身としては
生涯を通じて日本音楽界の表通りを歩んでこられた重鎮から
そんな最上級の評価を賜るとは、金森幸介光栄の極みであり、
改めてご生前の不義理の数々に懺悔の念を抱くばかりである。

しかしここで問題となるのは、結びの「・・思ててんけどなあ」の部分であります。
この部分の言外の思いを解読するに、要するにオーナベさんは
「幸介君は日本一のシンガーになると思って期待していたが、
結局なれなかったのことよなあ・・残念!」
とため息のひとつも洩らす心持ちだったということです。
 
なにを称して「日本一」と言うか、それはこと音楽にとっては非常に難しい問題である。
単に「売り上げTOP歌手」を日本一とするならば、皆川おさむが日本一のシンガーなんていう
年もあったんじゃないか?それではなんぼなんでも不毛である。
「日本一歌がうまい」という基準も曖昧模糊・オリーブ・ビーバーとしている。
和田アキ子や松山チーさまをして「ずば抜けた歌唱力」と評する向きだってある世間である。

金森幸介は日本一魅力的な歌声を有していると私は思うし、多分それは事実だろうけれど、
メインストリームに合流しない限り、けっして公式には認められないのである。
オーナベさんの言わんしたのはまさにこの一点であろう。
思えば、きっと世間に露出することのない各カテゴリーの「日本一」は
陽のあたらない場所にひっそりと、そこここに存在しているのかもしれない。
ボルトも凌ぐ「非公式に日本一100m走の速い男」が紀州熊野の山中に・・・
ダルビッシュも後塵を拝する「非公式に日本一の速球を投げる男」が京都嵯峨野の竹やぶに・・・
朝青龍も裸足で逃げ出す「非公式に日本一突っ張る男」が豊中の銭湯に・・・
怪僧ラスプーチンも土下座する「非公式に日本一大きなチンチンを持つ男」が南河内羽曳野に・・・
そんな日本一、公式にもないだろけど。

圧倒的なポテンシャルを秘めていようと、メインストリームを一歩外れると
どんな世界でも一生冷や飯喰らいで終わってしまうのである。
しかしほとんどの場合、それは本人たちが選んだ道であり、結果なのである。
金森幸介の場合も、好んで冷や飯喰ってるようなところが無きにしもあらずである。
良質なものが決して高評価なものと比例しないこの業界から
おいらいち抜けたのである。
だからと言って決してメインストリームを一概に否定しているわけではありません。
なんたって今だってインターネットという「どメインストリーム」な場に
私たちはいて、こうして楽しくコミニュケートしているわけですから。
ただ次に生まれ変わるなら、数字や勝敗が優劣の基準として解りやすい
スポーツの世界の住人になりたいという金森幸介であります。

金森幸介自身は自分の声がうつくしいとか、歌がうまいとか、ギターが達者だとか、
優れた詩を書くとかは爪の先ほどにも自覚していないようで、
唯一自分に才があるしたら、それは作曲能力だと思っているらしい。
デビューまもない頃、当時それこそ日本一の作曲家だった故中村八大氏に
「君は印象的なメロディーをかくねえ」と誉められたことがあるそうで、
その時中村氏に作曲家志望として師事しなかったことが、金森幸介一生の不覚であるらしい。
「もしあんとき中村さんについていってたら、今頃つんく♂ぐらいは儲けとったんやけどなあ」
と虚空を見つめて呟く金森幸介の昨今である。

もし40年前、金森幸介が渡邊一雄氏や中村八大氏について音楽界の表通りを
肩で風を切りつつ歩むことを決意していたら、どうなっていただろう。
誰もが認める「日本一」と呼ばれていただろうか?
つんく♂並みにボロ儲していただろうか?
それとも有頂天から小室さんのごとく大転落を喫していたかもしれない。
それは誰にも分からない。
けれど彼が辺境オホーツク路線を選んでくれたことに感謝し、彼こそが
「日本一のシンガー・ソングライター」であることを確信する人間が
私を含めてこの日本に少なからず存在することを私は信じている。