エピソード129 男たちの共演

夕べ帰宅すると、私の机の上に茶封筒が置かれていた。
やけにブ厚い封筒である。
裏返して送り主を確認すると、タカハシさんからであった。
ご自分が出かけられた金森幸介のライブの模様を撮影され、
その都度DVDに焼いて送ってくださるのだが、
今回はハンパでない枚数であることが、その厚みから想像できる。
総数17枚!
すご過ぎまする。大人物タカハシさま、いつもいつもありがとうございます。

今回送っていただいたライブ動画のほとんどは、男性ミュージシャンとの共演である。
思えばここ数ヶ月、金森幸介はいつにない頻度でライブ活動を行ってきた。
まるで生き急いでいるかのようであった。
しかもその多くが親しいミュージシャンとの共演。
松田幸一、中川イサト、有山じゅんじ、村上律、いとうたかお、AZUMI、光玄....
これって、「いつやれんようになるかも知れんから、今のうちに一緒にやっとこ」
ということなのかな?と思っていたら、まさしく図星だったようである。

夕食後、タカハシさんからのDVDを次男と一緒に鑑賞させていただいた。
次男はこの春から高校生になっていた。
身長はすでに私を追い越し、ニキビ満開のお年頃である。
入学直後の現在、軽音楽か卓球か、どちらのクラブに入部するか思案中とのことである。
しかしギターの方はすでに金森幸介に一回五百円で教えてもらう約束を取り付けてあるので、
いまのところ、卓球部が一歩リードということらしい。
次男は金森幸介をソンケイしてる。(なぜか半角カタカナ)音楽家としても人間としても。
何人ものミュージシャンとの共演を聴き続けるうちに、私はふと思った。
「なんか、お互い弔辞を贈りあってるみたい...」
おいおい、これって生前葬かい!まあ、似たようなもんやけど。

男だらけのノン色気饗宴攻撃に胸焼けをおこしつつ、
箸休めにと、ネットの動画サイトを見ることにした。
どこをどう辿ったのか、清原選手の引退セレモニーの投稿動画に至った。
カクテル光線に照らし出された球場の真ん中に清原和博選手が一人立っている、
お馴染みの日焼けした坊主頭に白いヒゲ面、野球選手というより、
格闘家、いやその筋の人のようなイカツサである。
「球界の番長」の面目躍如である。
スタンドからは「キヨ~!やめるな~!」「キヨ~!ありがと~!」
と熱い男達のコールが投げかけられる。
さしもの漢(おとこ)清原も込み上げてくるものに耐えている。

次男が私に言う、「清原ってそんなにスゴイ選手やったん?」
しばしの逡巡ののち、私は答える。
「ま、まあな。逸材っちゅうか、スゴイ素材やったんは確かやな」
これは本心である。
彼と桑田投手とのPL学園KKコンビが始めて甲子園にその勇姿を見せたあの夏、
私はオーナベさんの如く「清原君は日本一のバッターになる」と予感を持った。
それが現実となったかどうかは皆さんの判断を仰ぐしかない。
しかし私は桑田選手のことを「日本一の投手」だと信じている。
金森幸介もきっと同じ意見だと思う。
少なくとも「投げる不動産屋」などと揶揄された最中にも、
天敵ジャイアンツの選手であるにも関わらず、桑田真澄投手を我々は応援していた。
彼の、野球というスポーツに対する敬意と、それを愛する想いはやはり日本一に値する。
彼はきっと「いつか倒れるときはマウンドで」と本気で願っていたに違いない。
勝敗と数字がすべてのスポーツの世界においてもやはり我々は、
結果までに至る道程と、それを導く幾多の情念の方に思いを馳せる。
だから金森幸介は開幕戦一回二番打者バントの和田阪神にガッカリなのである。
勝ちゃ~ええっちゅうもんやないやろ!トーナメント戦やないっちゅうねん!
金森幸介にとっては音楽もスポーツも勝ちゃ~ええっちゅうもんではないのである。

そんなことを考えながら動画サイトの清原選手の引退姿を見ていた私であったが、
やはり新人の頃から気にかけていた野球人の引退である。少しウルウルしそうになった。
でも隣の次男の手前、ぐっと堪えた。
しかし次の瞬間、画面の空気が一転した。
ベンチ方面からフレームインしてきた男が黒いギターを手にして肩で風を切るように
グラウンド中央に立つ清原選手に近寄ってきたのである。
茶髪をトサカのように逆立て、白いタンクトップから盛り上がった
日焼けサロン通いの賜物に違いない灼肌の筋肉美を披露しつつ、
やはり任侠道の匂いを発散しながら吊り眼のサングラスで登場したこの男...
場内アナウンスが叫ぶ。「清原選手がアニキのように慕う、長渕剛です!!」

私と次男はパソコンの前でしばし凍りついた。
いわゆるひとつの日本一のバッターと日本一のシンガー・ソングライターの共演である。
しかし、それは我々の眼にはなんとも珍妙なものに映った。
「清原君の為に歌います!みんなも一緒に歌おう!」と告げ、
お得意のガニ股腰落としスタンスでギターをかき鳴らし始めたのである。
清原選手は辛い時期に長渕剛の歌で励まされ、以後熱烈な長渕信奉者であるらしい。
という噂は聞いていたが、まさか男の花道、自身の引退セレモニーにおいで願うとは...



まさに絵面は「珍妙」の一言で表現するよりほかにはなかった。

広いグラウンドの中央にポツンと立つ坊主頭のコワモテさん。
なぜかそのマイクスタンドにはチャーミングな黄色い花束が巻かれているの。
それからそれからなぜか彼の周り、ピッチャーマウンドにもお花がいっぱい飾ってあるの。
そう彼ってお花に囲まれてるの。
その周りをタンクトップのおにいさんがギター弾きながら一周してるの。熱唱しながら。
トサカが坊主の周りをクルクル回るの。腰クイックイッさせながら。
二人とももうお花まみれなの。
それでトサカのおにいさんに詰め寄られて坊主頭のコワモテさんは泣いちゃうの。
手にしたタオルで何度も涙を拭くの。お花に囲まれて。
トサカのおにいさん、なにを考えたのか、坊主頭のマイクスタンドで歌おうとするの。
でも坊主がすごく長身なもんだから、マイクの位置がトサカの想像以上に高いの。
しかたないからトサカさんったらマイクに背伸びして歌うの。
二人してお花に囲まれてるのよ。
なんだかチッチがサリーに背伸びしてチューしてる場面みたいなの。
それで、坊主が思ってた以上にトサカの歌が長いの。
坊主、立ってるだけなので間が持たなくなってくるの。
手持ち無沙汰な坊主、しかたないから何度もタオルで涙拭くの。でもそんなに涙って出ないの。
「ア、アニキ...なんぼなんでも長過ぎるぜよ..」坊主の心の声が聞こえるの。
「無駄なブレイク、入れんでもええっちゅうねん!」
「そないに窒息寸前まで延ばさんでええっちゅうねん。あんたは宮川左近か!」

私と次男はあまりのことに10分間、絶句し続けた。
清原選手にとってその10分間が悪夢の針のムシロ状態だったのか
それとも憧れのアニキとのうれし恥ずかしツーショット共演だったのか
それは私には分からない。
もしかしたら、常人には理解し得ない究極の放置プレイだったのかも知れない。
満足しきって歌い終えた長渕さんは観客に向かって叫んだ。
「どうもありがとう!」
「あんたのワンマンショーかい!」
我々には清原が胸のうちでツッこむ叫びが聞こえた。

「引退とは少しの間死ぬことだ」とフィリップ・マーロウが言ったかどうか知らないが、
スポーツ選手の引退セレモニーで友人がかける言葉はまさに弔辞である。
そしてなぜか珍妙である。
因みに相撲界の引退セレモニーであるところの「断髪式」というのも、
力士の命である髷をデブい男たちがよってたかってちょこっとずつ刈っていくという
かなり珍奇な代物であることを力説しておきたい。

このスポーツ界のすっとこどっこいさに、
「やっぱり、卓球より軽音にしとこかな...」
と清原和博より金森幸介に軍配を上げた次男であった。