エピソード130  ロックンローラーになれよ

この前、私のとこの次男が入学した高校で軽音楽部と卓球部のどちらに入部するか、
迷っているというお話をしましたが、事態はそんな悠長な話ではなくなってきました。
思いっきり私事で恐縮ですが、親バカちゃんりん蕎麦屋の風鈴の脱力愚痴だと思って
まあ聞いてくださいな。

今、次男は絶望の闇にいる。不安が彼の胸を支配し、心は千々に乱れている。
この春入学した府立高校の雰囲気が彼に合わないようなのである。
五月病とは聞いたことあるけれど、四月病である。早過ぎるっちゅう話である。
期待していたクラブ活動は、部活見学の時点で彼に溜息をつかせる状態だったらしい。

中学時代から彼は教師や一部の生徒たちから煙たがられる存在だった。
卓球部で部長をつとめていたが、「まあ、楽しくピンポンでエンジョイしましょうや」
という浮ついたクラブの空気の中「スポーツは勝つ為に努力してこそ楽しいはず。
そんな姿勢で大会に出るのは、真剣にやってる相手チームに対して失礼や!」
と、お前は金子達仁かっ!ちゅうくらい老成した堅物さを見せつけていたのである。
顧問教師やお楽しみ派の部員たちと衝突しては、父兄面談で
「彼は頑固ですね」と言われたものである。私は「いや、普通やけど」と反したけど。

彼が入学した進学校では去年から「特別進学コース」のような科が設けられ
次男はそこに入ったのだが、これがまた、ハンパなく詰め込み授業であるそうである。
入学早々授業と宿題に追われる毎日・・・
彼の抱いていたバラ色の高校生活の夢はもろくも崩れ去った。
「これではとてもスポーツクラブとの両立は無理」と彼は判断した。
まあ、それでもちゃんと両方こなしている生徒はいるわけで、
早計過ぎるといえばそうなのだが、そこが完ぺき主義というか、すべてを自分でしっかり
コントロールできていないと気がすまないのがこの男である。
卓球部の線は消えた。
もうひとつの候補であった軽音楽部は「ほんまに『軽い音楽』やってる部やった・・・」
と次男は肩を落として言った。しかし世渡りしにくい性分であることは確実である。

詰め込み授業と意に反しての帰宅部加入によって次男のテンションは落ちるところまで落ちた。
「もう学校やめたい・・・」「大学もいきたくない・・・」「大企業なんて入りたくない・・・」
「俺は鄙びた温泉旅館で働きたい・・・」ってお前はまんだら屋の良太かっ!

高校へのテンション急降下と反比例して、彼が家で弾くギターは凄絶なほど心に響くようになった。
やすらかなノクターンのようにも激しいパンクのようにも聞こえる。
彼は本当に音楽が好きだ。最近ではその情熱は私や長男を軽く凌駕していると感じるほどである。
金森幸介にフィンガリングとスピリットを伝授されることもすごく楽しみにしている。一回500円で。
やっぱり音楽は技術がすべてじゃない。とくにロックンロールは。

私がなにも勧めたりはしなかったにもかかわらず、息子ふたりが揃って音楽好きになった。
うれしくもあり、自分の来し方を想うに、やはり心配でもある。
ロックンローラーとはイコール社会生活不適応者予備軍である。
まあ私は次男に偉そうな叱咤をたれる立場にない。
自慢じゃないが、高校に通ったのは通算で300日に満たないかも知れない私である。

しかしいちばんの悩みは狭い自宅にギター類が増殖しまくっていることである。
まあ、うれしいんだけど。お嫌いですか?お好きですってやつなんだけど。
この前数えたら、ギター、ベース合わせて32本あったのにはジッサイ驚いた。
リビングや台所にまであふれかえるギター・・・
そこで私はギタースタンドを自作することを思い立った。
ホームセンターで購入した材料費、しめて1500円。
私は自分で言うのもなんだが、けっこう器用である。器用貧乏とも言う。
意外やなかなかうまく出来たので、自慢がてらここで見せびら・・
いや、我が家にあふれるギター類を開陳させていただきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



一番右というか先頭のが金森センセイからお預かりしているMartin D-18であります。
マホガニー材の乾き具合ったらハンパないっす。まるで駅弁折り並み。
音も豊か!豊か!高木豊!ってぐらい鳴ってます。
なぎら健壱氏の名曲「悲惨な戦い」のレコーディングでも使用されたという
由緒正しき逸品であります。
やっぱMartinドレッドノートはアコースティック・ギターの王様。
シェイプの美しさは世界一です。
現行品にはない小さめのGROVERペグも気品を感じさせてくれています。

その次のエレキは金森閣下からの恩賜品であるビグスビー・トレモロアームを
装着したSquier社の"51"というモデルであります。次男所有。
テレキャスターとストラトの中間っぽくてなかなか中途半端なギターでしたが、
ビグスビー追加でけっこうカッコよくなりました。ヘッド落ちも是正されたし。
あくまでも「フィフティーワン」で「いそいち」ではありません。

次のストラトキャスターはヴァーガンディミストっていうカラーだそうです。
マッチングヘッドですが、元はブラックだったのをリフィニッシュしたみたいです。
その昔、増田俊郎氏から譲ってもらったものですが、
リフィニッシュ作業は当時フェルナンデスに在籍しておられ、
その後独立して"TUNE"を立ち上げられた藤谷氏によるものだと推測されます。
よってかなりいい加減な塗装であります。

ゴールド・トップのGIBSONレスポールは長男のヒストリック・コレクション。
奨学金で買いよりました。コラコラ~!!
レスポールは重いです。でもやっぱ貫禄を感じるエレキギターの中のエレキギターですね。
黒いカスタムは次男の「ブラック・ビューティー」
ゴールド・パーツがバブル期の絶好調不動産屋のベンツっぽいですが、
美しいギターです。が、高校生にはシブ過ぎます。

続くはtakamineのエレアコです。ハワイアン・コアっていう堅い材質で少し小振りなギター。
かなり昔、三木楽器のアウトレット・ショップで嘘のような価格で手に入れました。
その頃はまだ、こんなサイズのアコースティックは不人気だったのかな。

ネット・オークションで5000円にて落札したGOLDKLUNGってブランドのガットギター。
バック、サイドはキョーレツなトラ目&フレイムのメイプルです。
音バカでかです。1964年ドイツ製です。
もう一本ネットオークションで旧いガットギターを購入しましたが、
ガットにはあまりヴィンテージなんていう値打ち観念がないのか、総じて安いです。

リサイクル・ショップにて「音出ないのでジャンク」ということで並べられていた
エピフォンのシェラトン。韓国製です。確か一万円未満でしたね。
買って帰って接点復活剤と増し締めだけでまったく問題なしに。
Kギター、侮れません。けっこうちゃんとしてます。ケースの立て付け悪いけど。
なぜかバックにシド・ヴィシャスのデカいシールが貼ってありました。

多分1960年代後半のfender mustangbass
ショートネックなのに弦裏通しの為か、図太い音で大好きなベース。今は次男が弾いてます。

ある雨の朝、とあるマンションの前に不用品として棄てられていたサンダーバード・ベース。
そのままでもちゃんと鳴ったのですけれど、
元から持ってたEMGピックアップに交換してフラット弦を貼りました。
これで私はニッキー・シックス!(モトリー・クルー)
というか、リック・ダンコのリッパーっぽいテイストになりました。
レヴォン・ヘルムもお亡くなりになりましたね。残念です。
夕べBSでなぜかケビン・ベーコンらと楽しそうにセッションしてる
レヴォンの姿が放送されてました。
拾ったベースの為に20000円も出費してケース作った俺のバカ!

白のプレシジョン・ベースは75年製。これで私はシド・ヴィシャス!
私にはちょっとネック幅が狭い。ジャズベースっぽいネックなんです。
ずっとメインで使ってた90年代のプレベのほうが好みです。今はケースで眠ってますけど。

一番うしろのはこれまた何千円かで買ったダン・エレクトロ。
太いゲージ張ってVOXアンプのリバーブとトレモロ効かせて
デイヴィッド・リンチごっこしながら眠ってしまう今日この頃です。
後ろに見える銀色は炊飯器です。かまど抱きのIH。これが一番高価かも知れません。

自作ギター・スタンド、なかなかええ感じで出来たとお思いになりませんか。
誰か褒めて。
ここにご紹介した倍以上の本数の弦楽器とそれのケース・・・
安物ギターばっかりで家はパンク状態・・・でも楽器はやっぱり楽しい。
次男も楽器を抱いているときだけは元気です。

次男がこの先高校をやめることになるのか、どこか牧歌的な他校に転校するのか、
温泉宿の番頭になるのか、私にはわからない。でも私はずっと彼のいちばんの味方でありたい。
音楽も楽器もいつもお前の味方だ。
温泉旅館の経営だってそれなりになかなか大変だぞ。
社会生活不適応だってなんだっていい。
ただ、ロックンロールを忘れるなよ。それだけだ。

いつまでも しなやかな心が 引き裂かれたりしませんように
って感じで、今回はおしまい!