エピソード135 放浪の画家 早川世外

カナモリ先生が
「オレの知り合いが、アホのItohに送りたい
物あるから、住所教えて欲しいて言うてはるから
さっさと教えんかい」とおっしゃるので、
「若いおねーちゃんからのラブ・レターやったら
『そんな火遊びはとっくに卒業したぜ・・』
ちゅうてやってくれ」と応えたら、ただひと言
「このドアホォ・・・っ!」と返された。
そないにアホアホ言わんかて・・・

ほどなく、ひと抱えほどのパッキンケースが
我が家に送られてきた。
開封してみるや、それは
少し早目の素晴らしいクリスマス・ギフトの
パッケージングだった。
送り主は長野県の山奥(?)に建つ
cafe terrace momoで日夜せっせとパンを焼いている
名古屋フリコン・メンバー、Hayachanであった。

見るだけでホッコリするmomoのパンの数々、
直近の(といっても十年以上経過)フリコン
"LOST PARADISE"の森英二郎バンダナ、
子どもたちがロック・ナンバーをシングアウトしてる
CD-R。まさにスクール・オブ・ロック!

さすが山上たつひこキャラ半田溶助系男前Hayachan、趣味がよい。
うれP~!うれP~!
うれP~けれど、どうしてHayachanが今、
こんな贈り物を私に送ってくれたのだろう?
その答えは添えられたお手紙に綴られていた。

私がかつて、このinside-report EPISODE93において
Hayachanの直系の祖父である放浪の画家、早川世外
(はやかわ・せがい)が遺した作品と金森幸介が
旅先で偶然遭遇したというエピソードを
紹介したことから話は始まる。

・・・といってもそんなロング・ストーリーではない。
かといって、一瞬で語ってしまえるほどの
ショート・ストーリーでもない。

早川世外は明治6年、愛知県常滑市にて生を受けたが、
その人生のほとんどを放浪に明け暮れた日本画家である。
  放浪の画家といえば、日本では山下清が有名だけれど、
ゴーギャンやゴッホなど、定住を好まず流転のうちに
作品を残した画家は世界にも数多い。
う~む、放浪の画家・・・しかも世外である。
とても気難しそうである。気安く「早ちゃん」などと
声をかけられそうもない。
おにぎり一個で絵を描いてくれそうもない。

私が当時、幸介WEBで紹介したのは
かねてから友人のHayachanから彼のおじいさんの
ことを聞いていた金森幸介が、世外ゆかりの地のライブハウスで
偶然世外作の書画に遭遇し、感動するというエピソードだったのだが、
これまた偶然、その私の記事をNETでご覧になられた関東地方在住の
方が、ごく最近になってHayachanに連絡をされたそうなのである。
きっと「早川世外」でNET検索されたのであろう。
GoogleでもYahoo!でも私の記事がトップだったから。
しかし、骨董、書画を蒐集されているといえば、間違いなく
海原遊山のようなお方に違いない。
そんな方にこんなアホげな文章を読まれたとは・・・!
身も凍る思いである。
相対的に見れば、私も料理人であるが、
私は究極のメニューも至高のメニューも持たない。
美食倶楽部も岡星もない。
どちらかといえば、じゃりん子チエの世界である。

典型的な放浪画家であった祖父の情報を殆ど持たないHayachanに
色々と世外のお話を語ってくれたそうで、氏も数点の世外作の
絵軸、屏風を所有されているとのことであった。

その手に抱かれた記憶も残っていないおじいさんの足跡を知る
思わぬ人物からの知らせにHayachanはいたく感激し、
そのきっかけをつくったであろう私にお礼の意味で
GIFTを送ってくれたというわけである。

私もうれP。ヒジョーにうれP。マンモスうれP。のりピーも復帰やし。
私の駄文がそのような繋がりを生むとは・・
NETにからんで初めていいことをした気分である。

しかし、GIFTを送られたからにはなにかお返しを
考えなければならない。
しかし、もんじゃ焼きを箱詰めにして送ったら
「車酔いでもしたんかい!ケンカ売っとんのかい!」
てなことになるでしょうなあ・・

放浪画家の孫のHayachanはけっして放浪パン職人ではなく、
今日も北アルプスを望む大岡のcafe terrace momoで
せっせとパンを焼いてます。

う~む・・しかし・・放浪のゲイジュツカ・・・
憧れるなあ・・
私も鉄板を背中に背負って日本中を放浪する
放浪コナもん職人を目指そうかしら。
題して「鉄板おじさんヒロシ!!」
堀北真希ちゃん、よかったなあ。