エピソード16 失うものなどなにもない 後編

神社の前の道路は拡張工事の赤い警告灯が並んでいた。地下鉄工事も行われているようだ。
オリンピック誘致に失敗こいた今となっては、北港、舞島へのたいそうな交通手段など
必要ないと思うけれど、公共事業はいつだって税金バラまいて走り続ける”とまらない汽車”なのだ。
中山千夏なのだ。

神社横の信号を左折し大通りに出た。
右手にコンビニがあり、その背後に学校らしき建物が見て取れる。
「あれや。あれが小学校やとしたら、多分もうすぐ家のあった場所や」金森幸介が指差した。
次の交差点を右折し、学校と思しき建物の裏手に回った。
深夜なので辺りは静まりかえっている。建物の門の横に車を駐め、二人して外に出た。
門にかけられた看板にマグライトの灯りをかざした。
「大阪市立○○小学校」
金森幸介が声をつまらせながら呟いた。「俺が行ってた小学校や...」
「そしたら、家はどこにあったん?」と私が訊ねると、
「もう、ここやがな。」と言う。
「へ?ここって、小学校やんか」と私。
「ここの土地も元々うちの敷地やったんや。」と平然と言う金森幸介。
「ここらへんから、あの大通りまでが俺んちの奥行きやわな。あっ、道が広なってたから
もっと向こうまであったな。」
そして大通りまで歩いた。相当の距離がある。
「それで、さっきのコンビニまでがうちの敷地の間口やったな」
私は卒倒しそうになった。真剣に気が遠のいた。
広い。広すぎる。何坪とかそんな単位では目測できない。多分小さな野球場くらいは
スッポリ収まってしまうだろう。
こら確かに”ボンボン”だ。”大金持ちの息子”だ。
世が世であれば、大地主である。しかし非情にも世は世でないのである。
「あのコンビニのある場所が俺の部屋やった。
しかしまあ、見事になんもかんも無くなったよなあ。ハハハ」
笑ってる場合ではないのである。失うにもホドがあるぞ金森家!推定資産数十億は固いがな。
「コンビニだけでも返してくれへんかなあ。弁当売ってる棚だけでもええわ。」
いきなりミミッチイことをのたまう金森幸介。

諸行無常である。祇園精舎の鐘の音である。盛者必衰の理である。サラソージュのなんたらである。
物を所有する快感は確かに否定できない。でもそれは喪失の不安と絶えず隣り合わせだ。
私は予てから金森幸介を”物を所有しない快感原則を持つ男”だと理解してきた。
豊かな人生とはなにか?そういう命題に突き当たった時、私はいつも彼を想う。
お金はやはりあったほうがヤヤコシイ問題はクリヤー出来ることが多い。
でもあり過ぎても、もっとヤヤコシくなったりしてしまう。
大金持ちの息子として生まれた彼が、家を出て音楽の道を一人歩んできたのだ。
まるでお釈迦様の出家のような話ではないか。

なんだか胸が熱くなり、私は夜空を見上げ、息を大きく吸い込んだ。
そしてタバコを一本取り出し、ライターを金森幸介から借りた。
「一回20円な」
音楽界のお釈迦様はうれしそうに、のたまわれたのであった。 < 完 >