エピソード19 PC事始め

みなさん、驚いて下さい。腰を抜かして下さい。鼻で笑って下さい。
なんと、金森幸介宅にパソコンが導入されました。
ケータイも持たない。ファックスもない。嫁さんもいない。
ないないずくしのないずくし...
そんな殺風景な金森幸介のひとりぼっちの部屋にノートパソコンがやってきたのです。

金森幸介は物を持たない主義である。実際、彼の自宅で金目になるような物といえば
愛用のギターと山のようなCD、そして森英二郎氏の版画くらいである。
そんな彼がパソコンを導入する...それには止むに止まれぬ理由があったのだ。

その理由とは、近い将来に出版が予定されている歌詞集である。
膨大な数の自作曲の歌詞をファイル化し、またそれを送信するには手書きではとても無理である。
手書きにしたとしても、彼からサインを貰った人ならお分かりだろうが、彼の肉筆ときた日にゃあ、
二日酔いのミミズの散歩である。ニール・ヤングもまっ青なほど解読困難である。
まあ、私も偉そうなことは言えないし、味があるという言い方も出来るかも知れない。

金森幸介はワープロだって手にしたことさえない。浮世離れとはこのことだ。
しかし、シンガーソングライターほど世間のトレンドに背を向けて生きていける職業も少ない。

そんな金森幸介の部屋に遂にパソコンがやってきた。
S.キューブリックの名作に”2001年宇宙の旅”があるが、
その冒頭、猿が骨を”道具”として手にした、まさにその瞬間に私は立ち会ったのである。
私の脳裏に”ツァラトゥストラはかく語りき”が荘厳に鳴り響いたことを告白しておこう。

何度も言うようだが、私はメカヲンチである。逆から読めばチンヲカメである。痛そうである。
そんなことを言うてる場合ではないのである。
パソコンの操作も行き当たりばったり。取り扱い説明書など、未だビニールを被ったままである。
そんな奴がインターネットに関わるのもおこがましい話だけど、人に教習するなどもってのほかと言える。
かといって、金森幸介の周りで適任と思しき人間も他に見当たらない。少なくとも大阪には。

とにかく私は金森幸介にパソコンの初歩をレクチャーした。神をも恐れぬ凶行である。
しかし数時間のヘッポコピーな教習の末、彼はなんと驚愕の進歩を遂げたのである。
ワープロさえ扱った経験のないハイテク童貞君が数日間で自作曲をすべて打ち込んだのである。
砂漠の砂が一瞬にして大量の水を染み込ませるように、彼の空っぽの頭はノウハウを瞬時に吸収したのだ。
しかしまあ、ヒマとは最大の武器である。
我々はパソコンの専門用語さえ使わない。というか使えない。
「このプロパティってなんやろ?」
「玄人さんが穿く下着とちゃうか?」
「...ってキミ、それはプロパンティーやろが」てな調子である。
パソコン用語などほとんどが敵国語である。”左ダブルクリック”など”下手二段打ち”で充分だ。
マイクロソフトがナンボのもんじゃ!ビル・ゲイツ?どっからでもかかって来んかい!の心意気である。
我々を電脳世界のラスト・サムライと呼んでくれ。

それどころか、金森幸介とパソコンは最早ラブラブ状態である。
勢い余って彼は愛器に名前まで付けてしまった。”キャサリン”というらしい。
しかしキャサリンはなんといってもスペック的に相当旧いマシーンである。年増である。熟女である。
Windows98を動かすのがやっとこさ。当然、時々フリーズしてしまう。
「Oh!僕のキャサリン、今日はどうしちまったんだい?ご機嫌ななめじゃないか。
キャサリン、いや、キャッシー、僕はどうすりゃいいんだい?
どのボタンを押せばいいんだい?ここかい?それともここかい?Oh~Good!Oh!More!」
って、安モンの洋物ピンク映画である。

最近、「ドーナツ・ショップにでも行こか?」と誘っても「キャサリンがさみしがるから...」と
なかなか出てこない。inside-report存亡の危機である。っていうか人格崩壊の危機じゃん。
ともあれ、金森幸介とキャサリンの甘い生活に幸あれ。