エピソード24 ウエストコーストを語る資格なし

我々は音楽について語るとき、我々独自の単語を使用することがある。
意識してはいなかったけれど、周りを見渡すとどうもそのようである。
といってもカーディガンを腰に結んで「ジャーマネの山下ちゃん、最近どうなの?」
なんて言いながら相手の肩を揉んだりするわけではない。

「あのバンドのタイコ、誰やったっけ?」
”タイコ”とは”Drums”を意味する。
”太鼓”ではなく、あくまでも”タイコ”である。恐山にいる霊媒師じゃないぞ。
1970年代にバンド経験をした人には間違いなく分かってもらえると思う。
楽器自体もそれを演奏する人間も同じく”タイコ”と呼ぶ。思えばモッチャリした表現だ。タイコ。
「てっちりのタイコはロジャー」 ってなんじゃそりゃ?せっかくのハイカラな名前も台無しだ。
そういや”ドラムスティック”なんて小洒落た単語も使った覚えがない。”タイコのバチ”である。
ストリングスは”弦”。ブラスセクションは”管”か”ラッパ”である。
しかしラッパって...木口小平かい!って誰も知らんっちゅうねん。はは~っシャイナラ~!
シカゴもBS&Tもチェイスも我々にかかったら”ラッパバンド”である。
政党代表から降ろされたあの人も、自分探ししてないで”ラッパ直人”でやり直したらええのに。
今の若いもんはみんな”Drums”を”ドラム”と言う。しかし語尾上がりのアクセントである。
銀座や北新地の”クラブ”は語尾下がりで、若者が集まる”クラブ”はやはり語尾上がりらしい。

どうやら”タイコ”は世間では死語なのだ。
我々の会話は死語のオンパレードだ。死語の世界、丹波でルンバである。
マツケンはサンバで、シミケンはドタンバである。いや土壇場はとっくに過ぎとるっちゅうねん。
...なんの話でしたっけ?そうそう、死語でした。
保温ポットは”魔法ビン”、炊飯ジャーは余裕で”電気釜”である。
ベビー・カーは乳母車。巨乳はボイン。うれし恥ずかし昭和の日本語である。
若い女性の間で流行してる(?)ミュールは”ツッカケ” つっかけて穿くからツッカケ。そのまんま。

 

しかしまあ、歳はとりたくないものである。思いも寄らぬ記憶を喪失してしまうことだってある。
ド忘れなんて生易しいものじゃなく、20代30代には忘れようもなかった重要事柄が
どんなに頭の中をシャッフルしても出てこないことが多くなったのである。
先日も深夜に金森幸介と車に乗っていて、こんな話題になった。

私 「RONINのギターって誰やったっけ?Dan Dugmoreと違うほう」
幸 「え~っと...あ、あれぇ?なんて名前やったっけ?」
私 「ありゃ~!君もかいな。なんで?」
幸 「あかんがな。失礼やがな。あいつの名前を忘れるなんて、
    ウエストコースト・ロック好きの風上にもおけんがな」
私 「ほんまやなあ。ほら、モジャモジャのカーリーヘアーで、銀縁メガネで...」
幸 「そうそう、サテンのベストとか派手な衣装で、どっから見てもオカマの...」
私 「名前忘れるより失礼やっちゅうねん。レスポール低めに下げとったなあ。」
幸 「確か濁音が入ってるよなあ。デとかバとか...○"○ーなんとかって感じかなあ?」
私 「バリー・マニロウやないよなあ」
幸 「ご陽気にコパカバーナ歌てる場合やないやろ」
私 「タイコはMarottaやな。ベースは誰やねん?Sklarやないなあ。ハゲはバンド向きやないしね」
幸 「君も失礼やがな。しかしベース誰やったっけ?」
私 「なんとかシェルダン?」
幸 「アカデミー出版のか?ゲームの達人」
私 「そらシドニーや!超訳してる場合やないがな。下巻が高いがな」
幸 「ま、ベースはええがな。どうせ誰も聞いてへんねんから」
私 「そやな。っておいおい!」

我々はウエストコーストを語る上で重要な位置にいるギタリストの名前を
きれいさっぱり忘れてしまっていたのだ。彼が参加したアルバム、楽曲、そのフレーズに至るまで
鮮明に記憶しているというのに...揃いも揃ってアホである。老害である。
金森宅に到着し、お茶でもということでお邪魔することにした。
件のギタリストが参加しているであろうJames Taylorのアルバムを再生機に入れ耳を傾けた。
ジャケットを見れば名前は確認できるのだが、それでは我々のマニア魂がおさまらない。
というか、あれほど好きだったギタリストの名前が瞬時に出てこない自分が真剣にじれったかった。
これはもう偉大なるウエストコースト・サウンドに対しての不敬である。
歴代の合衆国大統領の名は忘れても、彼の名前を忘れるなんて断じて許されない。

曲は"her town too" 記憶通りのギターの音。この曲は確かJ.T.とJ.D.Southerと”彼”の共作だ。
J.D.のコーラスのトホホさがまたいい。
小腹が空いたのでカップ麺でも食すことにして、魔法ビンのお湯をカップに注いだ。
私 「う~む...Wがついたような気がするなあ...」
幸 「そう言われればそんな気も..思い出すまでカップ麺食べたらあかんっていうのどう?」
私 「え~っ!そら無理やろ。今まで一時間以上考えて思い出せへんねんから...」

腕組みしつつ、割り箸を乗っけたカップ麺を無言で見つめること約2分、金森幸介が叫んだ。
「思い出したもんね!カップ麺食べれるもんね!」
なんですと~!この男はこういう小学生みたいな賭けには異常にシビアである。
このままでは麺が延びてしまうやないの~!と思った瞬間、な、な、なんと私の記憶も蘇ったのである。
きっちり3分間、食べごろに出来上がったカップ麺を我々はハフハフ啜った。
B級アクション映画で時限爆弾の電線をタイムリミットぎりぎりで切って助かるシーンがよくあるが
まったくもってあれである。ジャン・クロード・バンダムである。プリンセス天功もビックリである。
しかしまあ、そろいも揃って恐ろしき食い意地である。
音楽はなくても生きてはいける。しかし食物なくしては生きていけないのだ。
これはもう崖ッぷちの本能といえる。
しかし我々は輝かしきウエストコースト・サウンドの歴史に無条件で土下座するしかない。
ほんとうにご免!Waddy Wachtel!君の名前は今後一生忘れないからね。
でもこの限りなくカリヤザキ系に近い佇まいは間違いなくオカマやろなあ。