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エピソード36 笑

ネットを見ていると、文章の後ろに(笑)と添えられているのを見かけます。
これっていったいどういう意味なんだろうとずっと思っていました。
掲示板の書き込みではほんとうに多用されています。
書き込んだ人は皆、パソコンのキーを叩きながら実際に笑っているのでしょうか。
それは不気味過ぎます。そんな奴おらんやろ。きっと違う理由があるはずです。
最近おぼろげながら、理解できたような気がするのです。
あくまでも私の推測ですが。

まだ電子メールや掲示板での書き込みのルールが確立していない頃、
顔の見えない相手に対してニュアンスの誤解から不快感を与えないよう
「・・・なんて言ってますけど、私悪意はありませんよ~
ほら、笑ってますよ~」というエクスキューズとして使われたのではないか。
と私は推測したのである。
でも一口に笑いといってもいろいろあるのである。
微笑もあれば爆笑もニガ笑いも愛想笑いも含み笑いも照れ笑いも泣き笑いも嘲笑も。
そんな微妙な感情を言葉で伝えるのが文章でのやりとりの醍醐味ではないのか?
と明治かたぎの頑固おやじのような私なのである。
文筆家の方がそんな”カッコ笑カッコ閉ジル”を使っているのを見つけたりすると
ほんとうにガッカリする。
でもまあ、そんな堅苦しいことを言っていてはネットでは生きられないのである。
そこで私はすべての「(笑)」を「なんちゃって」に置き換えることにした。
すると違和感なく理解できるのである。
ネットは「なんちゃって」のオンパレードなのである。
だからあんまり真剣に付き合ってはいけないのかも知れない。

でも実際にそれで笑えるのならそんな幸せなことはない。
笑いはいい。ずっと笑っていたいもんである。
一流の音楽家はジョークも一流だったりする。
金森幸介は笑うことも人を笑わせることも大好きである。
関西人の性とは恐ろしい。ほとんど一日中ギャグを考えて生きている。
関西人は”ジョーク””冗談””ギャグ”などを総称して「おもろいこと」という。
金森幸介はおもろいことが好きだ。歌うことの何倍も好きだ。
若手漫才コンビをデビューからくまなくチェックし、三年連続して
M-1グランプリ受賞コンビを的中した男である。自慢にはならんけど。

音楽もギャグも一番大切なのは「乗り」である。「グルーヴ」である。
ライヴではその場に応じて頃合いの時間配分をプロデュースする必要がある。
ジョークも繰り出すタイミングを一瞬逃がしたりしたら台無しである。
最近、金森幸介も私も寄る年波で咄嗟に言葉が出てこないことが多くなった。
5秒後に思い出してもそれはもうIt's too lateなのである。
「軽口」はくったネタになるともはや「軽口」ではなくなってしまう。
一瞬のインプロビゼーションが命なのである。
我々を「おもろいこと界のジャム系」と呼んでくれ。
使い逃したジョークを再び使えるシーン、空間は二度と訪れない。お蔵入りである。
悔しい。
金森幸介は音楽演奏のスタイルも歳と共に手を加えてきた。
同じようにそろそろギャグのスタイルというか芸風も変えなければならない。
それはそれでけっこう楽しい作業なのかもしれない。

深夜に小腹が空いて金森幸介と尼崎の牛丼屋さんに入ったと思いねえ。
客は我々二人だけ。店員さんも一人。アンタッチャブルのゴツい方に似ている。
黙々と牛丼を食していると、一人の若い男性が入ってきた。
スーツ姿のこの男はこれまた、アンタッチャブルのメガネの方に似ている。
両手をズボンのポケットに突っ込み、「チキンカレー、持ち帰りでくれや」
と何故かスゴんで言った。
我々は「ややこしい客来よったなあ」と心で思った。
店員はそそくさとチキンカレーを作り、袋に入れて差し出し、
「スプーンとフォークはセルフサービスになっておりますので、
あちらからお持ちください~」とあくまでも低姿勢で言った。
客はさらにスゴんで「お前が持ってこいや~」とヤカラをいれた。
店員はさらに腰を低くして「ハイ、ハイ~」とスプーンを持ってきた。
これ以上ないほど卑屈な物腰である。
袋を受け取った客は肩をいからし意気揚揚と自動ドアから出ようとした。
しかし、そこで不幸は起こった。
この店は入り口と出口の自動ドアが別々に設置されていたのである。
男は自分が入ってきた入り口の前に立ったのである。
うんともすんとも動く様子のないドア。
男は焦って小さくトンットンッとジャンプしたりしている。
非情にもドアは微動だにしない。ちょちょ舞う男。
完璧に閉じ込められた男は回れ右をして、しおらしく言った。
「・・・どっから出たらエエのん?」
完全に形勢逆転である。
しかし店員はさらに腰を低く、もみ手までしながら
「こちらでございます~」と男を出口に誘導したのである。見事なり店員!
店員の背中にはっきりと(笑)と書かれていたのを我々は見逃さなかった。
店を出て車に乗りこみ、私と金森幸介は笑った。いや爆笑した。
まさにアンタッチャブルのコントである。尼崎、さすがである。
エエもん見せてもろおたのである。

ネットで(笑)を使っている方々に「改めよ」と言っているわけではありません。
私も金森幸介も若い女性から送信された(^ε^)-☆chu!みたいな
絵文字付きメールは大好きなのですから。(笑)

 

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