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エピソード38 東大寺二月堂裏参道界隈

時々思い出したようにそこに身を置きたくなる場所があります。
我々の場合、その場所とは奈良の東大寺二月堂裏参道界隈です。
二月堂は今年ももうすぐ始まるお水取りの行事でつとに有名ですが、
関西ではお水取りが終わると冬の寒さも和らぐと言われています。
私と金森幸介が出かけるのはやはりたいてい深夜であります。

いちばん最近に訪れたのは去年の晩秋、11月のことであった。
表参道門前の古宿や土産物屋が並ぶ道に乗り入れて路肩に駐車する。
本来は乗り入れ禁止だけど、深夜なのでまあ、お許しを。
まず南大門の重厚さに圧倒される。
当時の天才仏師運慶快慶らの作とされる金剛力士像が
門の左右から阿吽の呼吸で我々を迎えてくれる。
仁王様たちはデカイ。その乳首もまたデカイ。そして黒い。
若い頃けっこう遊んだクチではなかろうか。
それを安置する南大門はこれまた圧倒的にデカイ。
建設重機もなにもない時代にこれほどの巨大建造物を造りえた
先人たちの叡智と情熱にはただ脱帽するしかない。

大仏殿への石畳の参道を歩きながら夜空にそびえる天平の甍を見上げる。
大仏殿前の池の手前を斜め右へ折れ、上り坂を行くと二月堂への道である。
月明かりの下、池に映りこむシンメトリーの大伽藍は質実剛健ながら雅を感じさせる。
古木の根っこがそこかしこに剥き出した道の左右には何匹もの鹿が休んでいたりする。
道沿いの立て看板に
「9月~11月は鹿の発情期なので気が立っています。充分お気をつけください」
とある。ふ~む、神の使いなんて丁重に保護されているけど、所詮畜生よのお。
「年中発情期のお前らに言われたないわい!」とでも言いたげな鹿さんを尻目に
一路二月堂へ向かう。
途中社務所がありお寺さんが常駐されているが、咎められることはない。

最後の急な石段を登るとそこには檜で組まれた舞台が張り出している。
お水取りの行事で松明が振り回されるあの舞台である。
そこからは奈良の町のほぼ全景が見渡せる。
高層ビルもなければ、ハデなネオンもほとんど見当たらない。
いわゆる光の海のような夜景ではないけれど、ピンと張り詰めた美しさである。
空には半月と星。奈良盆地の裾には生駒、信貴、葛城、二上、金剛の山並。
山並の向こうの上空には大阪の街がその下に存在することを示す
ほの明るさを映した雲が浮かんでいる。まさに神が創りたもうたジオラマである。
「ああ、きれいやなあ」金森幸介が呟く。
私は応えて「君のほうがきれいだよ..コースケ...」と二人は熱いベーゼを交わすのであった。
「ダメ..こんな所じゃイヤ..」と幸介。
「イヤよイヤよも好きのうちっちゅうてね...ヘッヘッヘッ」と私..花弁がハラリと散る映像..
ふた~りは~月や星見てた~~ めでたし。めでたし。めでたないっちゅうねん!
しかしこんな由緒ある場所に24時間を通じて自由に出入りできるなんて奈良は太っ腹である。
ほとんど人と出くわすこともない。いつも静寂に包まれているのだ。ゴミも落書きもない。
誰であれ、この気高さを前にしてはそんな悪行を働く気すら湧かないだろう。
無言のセキュリティーの”気配”が漂っているのだ。

奥の階段を下りる。お水取りでは大勢の僧侶が松明を掲げて駆け上る階段である。
階段を下りると緩いカーブを描く石畳の小道になる。路傍には水路が寄り添っている。
右手に民家も軒を並べているので、生活道路でもあるのかも知れない。
こここそが我々のいちばんお気に入りの場所なのだ。

この場所をこしらえた人たちは本当に素晴らしい。
優れた設計とはこういうものなのだ。
道が描くカーブの角度、勾配度、壁と水路の石垣の質感、
すべてが見事にデザインされているのだ。

遠景が美しい場所はどこにだってある。
大阪の街も生駒山から望む夜景はまんざらでもない。
でもグーグルアースかなんかでズームアップしていくとたちまち
街のデザインが無視されているのが露呈されるだろう。
我勝手に目先の利益を優先した結果である。

この場所は足元の石畳、土壁、目に触れる近景すべてが美しい。
きっと何百年も前からただそこにあり続けたであろう佇まいが胸を熱くする。
私と金森幸介はこの場所に身を置くたび、時をかける少女状態になる。
高柳良一と尾美としのりになる。知世ちゃんがいないのが残念である。
万葉人たちもきっと私たちと同じようにこの道を歩いたに違いない。
同じ月を見上げたに違いない。花を愛でたに違いない。
四季折々の美しさがさりげなく、いつも我々を迎えてくれる。
そう、ただそこに凛としてあり続けること。それこそが大切なのだ。

この場所を作った人たちは素晴らしい。
多少の様変わりはあっただろうが、今日まで存在させ続けた人たちもまた素晴らしい。
みんな立派なアーティストである。
官庁の無駄遣いや医療体制の不備など、色々あるけれど、
この場所が存在する限り、我々は奈良の文化を支持する。
そしてこの国もまた大丈夫だと思うのである。

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