エピソード41 cold cold cold!
最近世間では「KY」という言葉が使われています。
「空気読めない」の頭文字らしいのですが、
元プロレスラーの将軍KY若松とは関係なさそうです。
まあ、若松さんもけして場の空気を読めるタイプではないようですが。
場の空気というのは何によって決定されるのかと申しますと、
その場その場での多数派のサジ加減によって決定されるのではないでしょうか。
そう、KYとはマイノリティー狩りの忌句なのでありますまいか。
って、そないに大層なことでもありません。
しかし人間、孤立無援、場の空気を無視してでも通さなければならぬ
徳義もあるのではないでしょうか。
最近、金森幸介と私のナイトライフは以前にも増して深い時間から
始まるようになった。まさに深夜プラスワンである。
豊中インター近くのなじみの銭湯で我々は下半身を念入りに浄め、
...上半身ももちろん浄めて、車の流れもまばらな国道へと合流する。
思えば九月の大阪はいつまでも真夏の面影を残していた。
いや、夏そのものだったと断言してもよろしかろう。
”エンドレスサマー”てなものはイメージの中でこそ甘酸っぱいけれど、
現実的には正味うっとうしい。
それでも十月の声を聞いた途端、気温は急降下。
我々を乗せた車も今夜はクーラーなど必要としない快適さである。
車窓を全開にすると肌寒いほどである。
「ようやく秋だねえ」
ロマンティック街道を北上するも、もはやこの時刻では
いつものドーナツショップも既に閉店ガラガラである。
しかたなくセルフ給油のガソリンスタンドに併設された
コーヒーショップに向かう。この店は二十四時間営業である。
深夜プラスワンの我々にはありがたいカフェであるが、
この店も少々クセ者なのである。
以前、やはりかなり深い夜中に幼児の頭をどつき回す
ヤンママの姿を目撃した時には、さすがの我々も
「お母さん、やめてあげて~!」と叫んだものである。
なんちゅうか、ヘンテコな店なのである。
そのヘンテコさの白眉(?)は...店内の寒さである。
前回訪れたのは暑い暑い夏の盛りだったが、それでも我々は
隅っこのテーブルでコーヒーを啜りながら「さ、寒いね」と震え
早々に立ち去った記憶があるのである。
でも今はもう秋。トワエモアな我々である。
十月のしかも早朝マイナスワンとも言える時刻である。
店の駐車場にクルマを駐め、外に出るや街の空気は
半袖のTシャツではブルッとするほどの涼しさである。
「今っちゅう今、エアコン効かせてたら笑うよなあ」
「そんな奴おらんやろ」
と、タカをくくって我々はカフェの扉を開けた。
果たして天は我々を見放したのであった。
足を店内に一歩踏み入れるや、ただ事ではない冷気が
軽装の我々を待ち構えていたのである。寒い。
私と金森幸介は沈黙のうちに見つめあった。
俺の目を見ろ。なんにも言うな状態である。
カウンターで若い店員が二人、ヒマをもてあそぶようにカップを磨いている。
なにごともないように「ご注文は?」と問う店員に、思わず
「カ、カフェラテのラージ...」とオーダーしてしまう私。
「ホットにしますか?アイスにしますか?」と追い討ちをかける店員。
ア、アイス~!?ア、アイス~?!凍死するっちゅうねん!
とりあえず窓際のテーブルについた我々であったが言葉が出ない。
頭の中でローウェル・ジョージのアンニョイな歌声が聞こえる。
cold cold cold...凍えまくりんこのオーバードーズ状態である。
涼しいにもホドがあるっちゅうねん。
さしもの浜田省吾もこの店に来たら、ジャケットの腕まくりを伸ばすだろう。
羽田元首相は省エネスーツの袖を慌てて縫い付け直し、
ジョージ・ブッシュは「京都議定書には金輪際サインせんぞ!」
と言うはずだ。
エアコンの設定温度はどう考えても20度以下であることは間違いない。
エコロジーへの関心なくしては人として扱ってさえもらえないような昨今、
この店は明らかにそんな社会の空気を読んでいない。KYだ。
店内を見渡すと数組いる客は皆、トレーナーやジャケットを羽織っている。
我々は半袖のTシャツ。金森幸介に至ってはショートパンツである。
愛のホネホネのごとき彼の脚にはトリハダが立っている。
常連客たちは冷凍倉庫のようなこの店をどう感じているのだろう。
少なくとも彼らは店の空気を巧みに読み取って適度な厚着を施している。
ここでは我々こそがKYなのであった。
私と金森幸介は言葉もなくただカフェラテを啜った。
ひとテーブル離れて席をとっていた女子大生と思しき三人組の会話が聞こえる。
「わたし~、ポルノってすっごく好き」
「え~!わたしもめっちゃポルノ好き~!」
それまで寒さに震えていた我々の心の暖炉に火がくべられた瞬間だった。
「は、話せるおねえちゃんらやんか!
あのな、おっちゃんらもポルノ大好きやねんで。
宮下順子に東てる美...鬼六さん系やったらなんちゅ~ても谷ナオミやがな~。」
...嗚呼我等、またしてもKYなり...
彼女たちはカラオケの話をしていて、Jポップバンド、ポルノグラフィティーの
曲について会話中だったのである。
余談でありますが、金森幸介はポルノグラフィティーの岡野氏の書く楽曲を
かなり高く評価しているようであります。
どっちが余談やねん。