エピソード55 weekday in the park 前編

金森幸介のライブ・スケジュールを見て、一般的なお仕事に従事されている方々は
「ヒマな生活しとんなあ。ひと月を五日で過ごす良い男ってか。ケッ!」
などと、昔の相撲取り呼ばわりしておられることと存じます。
そこんとこ、金森幸介はいつも心外に感じております。
事実誤認も甚だしいと哀しんでおります。

「私はそんなにヒマではないのであ~る。
デッドのボックスセット二組CD24枚一気聴きせにゃならんし
お気に入りのヤングな女優が出てるTVドラマはチェックせにゃならんし
天気の良い日は公園で日向ぼっこせにゃならんし、
こう見えて日々これ、せにゃならんしーの毎日なのである。」と。

人間の閑忙をただ生産性を伴った行為のみで測るのは早計ではないだろうか。
確かに金森幸介の一日は生産性微少。まるでロシア民謡「一週間」である。
日曜日は市場へ出かけて糸と麻を買ってくるだけのスケジュール。
月曜日はお風呂を焚いて、火曜日にお風呂に入るのである。
もう冷めとるやろが!さっさと入らんかい!と突っ込んだところで
テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャー
とコサック踊りでどこ吹く風の能天気さ。
テュリャテュリャテュリャーって...大丈夫か?ロシア人。
エビフリャーの名古屋人は大丈夫みたいである。多分。
この民謡の存在がゴルビーをペレストロイカに向かわせたと言う風説もあるようだが、
さもありなんである。

そういえば旧共産圏の民謡にはヘンな合いの手が付随するのが多い。
「ボルガの舟歌」 エイコ~ラ~ エイコ~ラ~
「おお牧場はみどり」 よく茂ったものだ ホイ!
「森へいきましょう娘さん」 森へ行きましょう娘さん アハハ 
鳥が鳴く アハハ あの森へ ランラララ ランラララ...
やっぱ大丈夫か?タリラリラ~ン!
「ポーリュシカ・ポーレ」に至ってはなぜか仲雅美に歌われてたし。
もうおひとり、よく似たお名前の俳優さんがおられましたが、
涅槃でお待ちではない方の人です。

 「テュリャテュリャ」や「エイコ~ラ~」や「ホイ!」「アハハアハハ ランララン」など、
 ヘンで意味のない合いの手の中になにか余裕というか、ホノボノを感じるのである。
 うまく機能していた頃の共産圏は楽しかったのである。きっと。
 そう、金森幸介の日常も質素で慎ましやかでホノボノなのである。
 言わば「ひとり共産主義」である。マルクスもエンゲルスもビックリである。
 生産性生産性というけれど、そこにどれほどの価値があるというのだろう。
 必要最低限のものだけを生産することこそ、エコロジーに適っているのではなかろうか。
 傍目には生産性皆無に見える行動にこそ超生産性が隠されている場合がある。

 なんだか話が主題から離れっぱなしなので、今日はここまで。次回に続きます。