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エピソード62 大阪名物 爆キャラ発掘 後編

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梅雨には珍しい生暖かい霧雨が辺りに立ちこめ、
昼間とはまた異なった不快感がペーブメントに流れる午前三時の北大阪。
車中の我々の気持ちは沈んでいた。大阪は今日も雨に沈んでいるのである。
北欧生まれの私の愛車は毎年暑い夏場には決まってご機嫌がナナメになる。
13年目、走行距離22万Kmのボロボなのでこれはもう仕方がない。
それよりなにより問題は我々のご機嫌がナナメを通り越してダウンしそうなことである。
さっきまでコーヒーを啜っていた店に女性の店員さんが皆無だったことが
私と金森幸介をここまでブルーにさせているのである。
コーヒーショップに可愛いお姉さま店員は不可欠である。別段我々にイヤラシイ魂胆などないが
深夜の弛緩した視界の片隅にボンヤリと彼女たちの存在を感じるだけで、
ビターなコーヒーにもホッコリとした甘さが加味されるっちゅうもんである。
ユニフォームがタイトなパンツルックやミニスカートであったならさらによし。
くれぐれもまったくイヤラシイ魂胆はない。
しかしそんなストイックな我々に、店側は今宵”野郎店員大集合”という暴挙に出たのである。
おっさん客長期滞在阻止策とみた。加齢臭追放対策とみた。軽い尿漏れ防止策とみた。

失意の私と金森幸介は一路、豊中インター近く「夢の天然温泉 G湯」へ向かった。
「天然温泉」である。しかし入浴料は普通の銭湯と同じ。大阪の良心、ここにあり。
まさに「大衆浴場」である。
舞台はまたG湯かい!とお嘆きの諸氏、またG湯なのであります。

駐車場に車を駐め、正面玄関に回ると、ハッピを着た若い男性店員が
タオルでハチ巻きをした常連客らしき中年男性と世間話をしていた。
ハチ巻き、ランニング・シャツに腹巻に雪駄。
バカボンパパルックのこのおじさん、自転車に跨り今まさに帰路につく様子である。
深夜3時とは思えぬホノボノとした光景である。

G湯の館内は広く天井高もあり、湯船も多数用意されている。サウナ、泡風呂、電気風呂、
水風呂、檜風呂。露天には薬草風呂、岩風呂、うたせ湯と至れり尽くせりである。
しかし私と金森幸介はいつも、比較的低音の湯船と薬草風呂にしか浸からない。
熱いのが苦手なのである。お熱いのがお好きなのはビリー・ワイルダーである。
しかもコンタクトレンズ着用の金森幸介はサウナにも入れない。
そんな湯船に対して淡白な我々だが、以前訪れた千里の「T温泉」にはさすがに驚いた。
ニュータウンの中にあって、駐車場には誘導係も配備した大規模な風呂屋さんである。
しかし、湯殿に入ってビックリ。三方の壁にズラっと20ほどの洗い場。
みな、一心不乱に体を洗っている。はて湯船は?と見渡すと、その真ん中に築山のような
オブジェのようなタイル貼り湯船がポツンとひとつ。畳一畳くらいの大きさである。
気の利いた民家の内風呂でももっと豪華である。一度に浸かれるのはせいぜいが二人。
でも他人様とでは完全に恥ずかしい密着感である。カップル風呂かな?どんなカップルやねん!
仕方なく我々カップルはその極狭風呂に浸かった。浸かった途端、二人して慌てて飛び出た。
ビリビリビリ~!う~ん譲二ショック!たったひとつの湯船がなんと電気風呂だったのである。

先ほど女性店員のいない飲食店などつまらないと言ったが、実はG湯には女性スタッフもいる。
でもここに限ってはあまりありがたくない。
男湯の脱衣場にも湯殿にもまったく臆することなく入ってきて、我々のおヌードを
潤んだ瞳で鑑賞していくおばちゃんには我々も「イヤ~ン!エッチ!」と恥らうしかない。

なにはともあれご機嫌ナナメの我々はG湯のローテンプチャー湯船に腰掛けて会話を交わした。
北京オリンピック開催を目前にし、スポーツの話題が中心である。
テニスのウィンブルドン選手権で今回、芝の帝王フェデラーがファイナルで敗れた原因やら
ウィリアムズ姉妹の胸ポッチンはうれしいのか、うれしくないのか、
といった非常に専門的な内容である。
ウィンブルドン選手権の正式名称はThe Championshipsである。
ゴルフの全英オープンも正式にはThe Openである。なんでもTheである。さすがは大英帝国。
ウィンブルドンではきびしい訓練を受けた地元の中学生がボールパーソンを務めるが
彼らの仕事ぶりは世界一である。アウトボールをクラウチング・スタートで回収するのだが、
とっても一生懸命でとってもチャーミングである。彼らを観るだけでも充分価値がある。
The Openでは今年、優勝こそ逃したが、グレッグ・ノーマン選手が活躍してくれた。
私とタメ歳加齢臭仲間のグレッグが最終日最終組!また寝不足の私であった。
かつてのウィンブルドンレディスチャンプ、クリス・エバートと結婚していたのを初めて知った。
当時クリス・エバート・ロイドと名乗っていたが、今はクリス・エバート・ノーマンなのかな。

足を湯船につけながら好きなスポーツの話題を交わすうち、徐々にご機嫌を取り戻す我々。
そんな話題がすこし途切れて数分、金森幸介が下をむいて小さく震え、小声で言った。
「あ、朝青龍や...」

今度は大相撲の話かと思い、隣の金森幸介を見やるとなにやら尋常ではない。
なぜか死に物狂いで笑いをこらえている様子である。そして無言で前方を指差すのである。
その方向を見ると、サウナ室と泡風呂との間に一人のおっさんが中腰で座っている。
頭にハチ巻き。素っ裸だが、先ほど玄関で見かけたバカボンパパだと瞬時に識別できた。
まだ帰ってはいなかったのである。
おっさんは爪先立ちで踵の上に尻を載せて腰をおろし、膝を開いて上体を起こした状態である。
相撲でいうところの「蹲踞(そんきょ)」の体勢である。
さておっさん、おもむろに両の拳を床につけ、前方を睨みつけたのである。仕切りである。
立ち上がり、脇をあけ、両腕でブン!ブン!と空を切る。ここで私も気づいた。
「あ、朝青龍や...」
おっさんは横綱朝青龍ドルゴルスレン・ダグワドルジのファン、いやフォロワーだったのである。
愛子様もデーモン小暮閣下も大喜びであらせられるであろう。
それにしても吹けば飛ぶよな貧相な小柄のおっさんが筋肉隆々の固太り力士のワナビー。
無理があるにもホドがあるっちゅうねん。そっぷ型にもホドがあるっちゅうねん。
しかし私も金森幸介も一瞬で朝青龍の真似だと直感したのだから大したおっさんである。

おっさんは回れ右をして背後にある泡風呂に向かって歩いた。
「朝青龍ごっこは終わりにして、風呂に入るんやな」との我々の常識的観測は
瞬時に脆くも崩れ去ることになる。
おっさんは泡風呂の湯船のお湯を左手で少量すくったと思うと土俵(?)に向き直り
パ~ッと撒いたのである。「し、塩のつもりや!」
金森幸介は笑いを堪えるのがさも苦しそうに俯いて言った。
バカボンパパこと”G湯の朝青龍”は何度かこの仕切りを繰り返したのち、蹲踞の姿勢のまま
大きく深呼吸した。どうやら制限時間いっぱいのようである。
この素晴らしきソロパフォーマンスもいよいよ終演かと我々は思ったが、甘かった。
G湯の朝ちゃんはそんな中途半端な奴ではなかった。
サウナの壁に向かって猛スピードで突進したのである。「立会いまで再現かよ~!」

我々が「横綱快勝!」を確信した直後、あろうことかゴロンとタイル床にねじ倒れてしまった。
「黒星かよ~!」
完全にさま~ず三村と化した我々はもう笑いを押し殺すのに必死である。つ、つらい。
解説の金森親方によると決まり手はどうやら「はたき込み」のようである。
仮想取組み相手はタッパのある琴欧州あたりか。
直接ツッコミしたい気持ちは山々なれど、そんな勇気は毛頭ない。
一世一代の熱演に燃え尽きたごとくタイルの上にうつ伏せるG湯の朝青龍。
見ようによっては網元にてごめにされた海女さんのようでもある。
吹き出物だらけの尻。肛門も丸見えである。内舘牧子さんが見たら悶死であろう。

数分後、ことの成り行きを知らぬ若者がおっさんの異常に気づき近づいてきた。
「あっ!やめとき!お兄ちゃん!」と声にならぬ静止を促したが後の祭り。
しかもこの青年が見事なアンコ型体型ときている。ベストな相方登場である。
「だ、大丈夫ですか?」とおっさんの肛門、いや背中に救いの手を差しのべるアンコ青年。
瞬時に飛び起き、青年にドナるおっさん。「いらんことすんなあ!死ね!このヤロ~!」
暴言まで横綱ゆずりである。左手でのシッシッ!もサウスポーの朝青龍を意識してである。
すべて大マジメである。超律儀な横綱フォロワーといえる。
しかし現実はフグリをブラブラと揺らせたハチマキおじさん...マヌケである。
親切心がアダになってしまったアンコ型好青年はすごすごと下手に退場。

見事なり!おっさん。完璧な天然キャラクターである。
ええぞ!バカボンパパ。マーヴェラス!グッジョブ!
おっさんのパフォーマンスの前ではチャールズ・チャップリンも影がない。
マルクス兄弟もニール・サイモンもみんなワザトラマンである。
ウディ・アレンお子ちゃま、三谷幸喜バブバブである。

湯上りの我々はいつにない上機嫌でホクホクであった。
410円で素晴らしいハイコストパフォーマンスを楽しませてもらったのである。

大相撲名古屋場所初日、朝青龍にまさかの土がつき、
中日を待たずに途中休場したのはそれから何日も後のことであるから
おっさんの未来予想図には吉田美和ちゃんもビックリである。
私は今、カール・マルクスの指摘に改訂を加えようとしている。
「人生はシリアスに始まりジョークを通過して、シリアスに帰ると見せかけて
カオスに終わる。イヤン バカン ウフン そこはお尻なの」

私と金森幸介が目撃したG湯の爆裂キャラクター。
みなさんにその全貌の百分の一でもお伝えできた自信はありません。
しかし、そのニュアンスだけでも共有できればと拙い筆をとった次第でございます。
これから、暑さも本番を迎えます。豪雨や異常気象による被害の報も届いております。
皆様、くれぐれもご自愛召されますよう。長時間のご清聴、感謝いたします。
しかし、法隆寺金堂四天王立像から始まった話題とは到底思えませんね。

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