エピソード63 泳ぐ人

「大阪の真夜中のカウボーイ」こと私と金森幸介は数年前の初夏、
大阪狭山の「はいから村」に出かけました。
お風呂とプールが利用できるリーズナブルな施設だと聞いたからであります。
当時はまだ陽のあるうちにあちこち出歩く「真昼のカーボーイ」だったのです。
「ぼ~くははいから~ き~みもはいから~」と意気揚々入館する二人。
しかし、はいから村の実態はちょっとも「はいから」ではなかったのであります。

入館時にまず揃いの館内着を渡される。着用は半強制的である。
これがなんとまあド派手なレーヨン製のアロハ・シャツとデカパン。
仕方なく着用するものの、ロビーの鏡にうつる我々の姿...に、似合わない。
フロリダに到着したジョン・ボイトとダスティン・ホフマンである。
もちろん私がラッツォことダスティン・ホフマンである。生きてるけどね。

お決まりの赤いパンチカーペットの床を行くと、
館内にはどこからかうっすらと演歌のメロディーが流れている。
音を辿っていくと、大広間のような宴会場のような場所に出た。どうやら大食堂のようである。
広間の奥には一段高くなった舞台があり、旅回り一座のポスターがそこいらに貼ってある。
土曜日曜にはそんな一座の剣劇ショーが催されるようだ。
しかしその日はあいにく平日で、舞台はなんとシロートのおばちゃんたちの
カラオケ大会で盛り上りまくっているではないか。全員ハイビスカスのムームー着用である。
演歌にまじってシャンソンを歌う、越路吹雪を一夜干しにしたような老婆もいる。
「あ~なた~の燃える手で~わ~たし~を抱きしめて~」
ってコーちゃん、ムームー着てシャンソン熱唱ってどうよ。
まあ我々もアロハ姿なので、傍から見れば完全にお仲間だろうけど...
しかし一応大食堂である。一般客はそこで料金を支払って食事をしているのである。
ヌカもミソも一瞬に腐りそうなヘタッピな歌を聞かされてメシなど食わされた日にゃ、
ジャイアンの誕生パーティーに招かれたのび太たちである。
「はいから村」は映画「フラガール」の舞台になった常磐ハワイアンセンターのように
高度経済成長期に林立したいわゆる「ヘルスセンターの名残り」なのであった。
我々は食事を諦めて早々にプールへと向かった。

プールは想像以上に立派であった。室内プールと屋外プールがつながっている。
お客のほとんどがご老人のためか、プールを利用している客はまばらである。
私はさっそくマッタリしようとプールサイドのデッキチェアに陣取った。
金森幸介の姿が見えないので探すと、シャワールームの横でなにやら念入りに
ストレッチに励んでいるではないか。
充分に身体が解れるや、彼はゆっくりとプールに入っていった。本気である。
そしていきなりクロールで泳ぎ始めたのである。その後約半時間、水から出ることはなかった。
インターバルの合間に私は訊いた。「なんでいきなりそないに泳ぐのん?」
「だってプールって泳ぐとこやろ」と彼はにべもなく答えた。
「きれいなおネエちゃんがおったら話は別やけどな」
 
私もその後お義理程度に泳いだが、金森幸介のそれはもはや”水練”のようである。
しかしまあ、なかなか柔らかなフォームで水面を滑っていく。
ジャグジーに浸かってエエ塩梅の私に近寄ってきて、「hiro、クイックターン教えてくれ」と言う。
学生時代、水泳部に所属していた私は昔とった杵柄のクイックターンを披露してみせたが
クイックターンを必要とするシンガーソングライターなんて他にはいないだろう。
私もつられてけっこうなディスタンスを泳ぎ「癒しのヘルスセンターで疲労コンパイ」という
わけのわからない一日を送ったのである。

そして月日は流れ、つい先日私は夏休みに入った小学六年生の次男を連れて
再び「はいから村」を訪れたのである。
駐車場に車を駐めエントランスに向かうと、辺りのイメージが以前と異なっているのに気づいた。
なんと、建物がリニューアルされていたのだ。名前も変わっている。"SPA HILLS"
明るい色の壁にシュロや高いヤシの木が寄り添っている。小洒落た改装に踏み切ったのだ。
まるで「ホテルカリフォルニア」のジャケットのようである。

生まれ変わった館内にはアロハもデカパンもムームーもドサ周り一座のポスターも見あたらない。
例のカラオケ大食堂があった場所には、パスタの店やスイーツの店などが整然と並んでいる。
「はいから村」から「SPA HILLS」へ。「ヘルスセンター」から「スパリゾート」へ
めぐるめぐるよ時代はめぐる。
客も気のせいかほんの少しプチブルっぽい感じもしないでもない。
というか、そんな気にさせられている客たちという感じである。
こうなると逆に、あの日金森幸介と見たサンテレビの汚れ演歌番組のような光景が懐かしい。

次男を一人先にプールにやると、私は片隅のバーカウンターのストゥールに腰掛けた。
中年のウェイターがやってきて「ようこそSPA HILLSへ。ここはいいところですよ。」と言った。
私が「ああ、そのようだね。ワインをくれないか?」と応えるとウェイターは
「生憎ここには1969年以降、そのようなスピリットはございません」と苦笑いを浮かべた。

私も水着に着替えプールに向かった。プールは以前訪れた時とさほど変わった様子はない。
次男を探すと、屋外の25mプールの水底のコースラインに従ってクロールをしている。
辺りはけっこう家族連れなどで賑わっており、みなふざけあったりして遊んでいる。
その中で次男だけが”スポーツ”している感じだ。
私の姿を認めると、プールサイドに近づいてきて「おとうさんも泳ご」と言う。
「いきなりなんでそないに泳ぐねん?」と問うと「だってプールって泳ぐとこやろ?」と言う。
いつかの夏に聞いた台詞だ。やはり、こいつはどこか金森幸介と似ている。
さすがにきれいなおネエちゃん云々は言わぬが、信条はかなり近い。
次男は呼吸をこらえての潜水泳ぎに挑戦するといって、プールの横幅約10mを泳ぎきってみせた。
「僕、今日横幅往復20m潜水できるまで帰れへんねん。おとうさんは25mに挑戦して」という。
もうすぐ54歳のロートル、しかも喫煙者の私が25mを潜水するのはまず不可能である。
しかし次男は本気である。一心不乱に挑戦するのである。つられて私もしぶしぶチャレンジ。
ビーチボールやビニールボートが行きかい、家族連れの歓声の中、我々親子だけ場違いな感じ。
私といえば、半分ほどの距離で息がつきてしまうのである。25mなど到底ムリである。
しかし、アホの一念岩をも通すとはよく言ったもので、一時間も泳いでいると、なんとなく
息が続くようになり、なんと25mを息継ぎなしの潜水泳法で泳ぎきったのである。
「おとうさん、やるなあ!」と眩しそうな次男。でもまだ自分の目標は達成できていない。
なんどやっても、ほんのあと2mというところで浮かび上がってしまうのだ。

しかし、次男は遂にやった。2時間も経過しようかという頃、横幅往復を達成したのだった。
プールの淵につかまって「ハァ、ハァ」としている次男が眩しくていとおしくて
私はたまらず彼を抱きしめた。感動シリアス・ハートウォーミング・ストーリーである。
同じダスティン・ホフマンでも今回は「クレーマー・クレーマー」である。
キラキラ飛び散る水飛沫がすべてを逆光にする。私の腕の中で次男が息苦しそうに言った。
「おとうさん、鼻毛出てるで」
どうしてもマルクスは私の人生をシリアスには終わらせてくれない。