エピソード77 ハットして good!

和歌山はどうも印象の薄い県のようである。
地元出身のバンドが「キンキのおまけ~わかやま~」なんて自虐的に歌ったりするほどである。
我々大阪府在住者も隣接県であるにもかかわらず、和歌山にはほとんど出向かない。
キンゼイ・レポートの統計によると、大阪府民の隣接県出向率は
兵庫50、京都40、奈良25、和歌山5、とのことである。
(嘘です。キンゼイ先生はエッチなこと以外調べません)

近年世界遺産に登録された熊野古道には全国から参拝客が集まり、古道沿いには
空海によって開かれた高野山、那智の大滝の飛瀑に煙る荘厳な那智大社など
霊験あらたかな寺社仏閣が京都や奈良に遜色なく鎮座する。
和歌山市は徳川御三家である紀州の殿様のお膝元の城下町であった。
歌謡界で御三家といえば橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦。すごいのである。
新御三家といえば郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎となる。これもけっこうすごい。
新新御三家となると城みちる、豊川誕、あいざき進也となるらしいが、これはあまりすごくない。
今どきイルカなんかにのってる場合ではないし、あいざき君に至っては雑誌「明星」で
「趣味は下駄集め」なんて渋過ぎる発言をして人気を一気に落とした。
元和歌山市長は職権を濫用して旅館女将に便宜を図ったりして問題になったりしたし、
現市長は霊感商法グループと懇意にしていたなんていう疑いも持たれた。
でも和歌山市民はあまり糾弾の構えを見せなかったようである。
こだわりがないというか、太っ腹というか、清濁併せ呑むという気質のようである。
紀州有田からは稀代の豪商紀伊國屋文左衛門も輩出している。
ご当地ラーメンもあるし、名物柿の葉寿司もうまい。
良質の温泉も多いし、川湯、龍神などの秘湯っぽい湯治場もある。
ポルト・ヨーロッパもしぶとく頑張っているし、ブランド梅干「南高梅」や有田みかんも健在だ。
加太には人形供養で有名な淡嶋神社があり、髪の毛が伸びる人形も安置されている。
そう、和歌山は知れば知るほど素晴らしく魅力的な県なのである。
にもかかわらず、和歌山県の印象は薄い。あまりに薄い。

和歌山に出向くには「和歌山に行くもんね!」という確固たる決意が必要となる。
全国のどこを出発点として、どこを到着点にしても和歌山の地を踏むのに
「道すがら」「通りすがり」はありえない。「和歌山経由」も「和歌山途中下車」もない。
そんな紀伊半島の立地条件が和歌山と他府県との文化交流を妨げた結果、
地味なイメージができあがったのではないだろうか。

金森幸介は和歌山市内のメインストリートと呼ばれる場所に立っていた。
夜まだ浅い時間である。にもかかわらず通りに人の流れはまばらである。
アーケード内のほとんどの店がシャッターを下ろし、もの寂しい雰囲気である。
もしかしたら昼間ももう営業していない店も多いのかも知れない。
大阪以南最大の繁華街、歓楽街の名を欲しいままに繁栄した「ぶらくり丁」の現在の姿である。
傍らを風がすり抜けていく商店街に立ちすくみ「和歌山って...」と呟く金森幸介。

気を取り直して歩き出した彼の眼に開店中の一軒の店舗が映った。
帽子屋さんのようである。「ほう、こんなところに帽子屋が」と
生来の帽子好きである彼はさっそく店内に入った。もちろんたいした期待も持たずに。
店頭には婦人用帽子、野球帽などが整然と陳列されている。かなり豊富な品揃えである。
「ほう、けっこうやるじゃないか」と少々気を入れなおす彼。
しかし中央の紳士用帽子のコーナーに進んだ今、和歌山を、
いやぶらくり丁をみくびり甘くみていた自分を金森幸介はモーレツに恥じた。
ソフト帽、ハンティングはもちろん、テンガロン、ダービーハット、トップハット、
シューシャンボーイにはキャスケット、石油王には巻きターバン、小倉さんにはアデランス。
と世界の帽子のオンパレードなのである。しかもそのセンスも申し分ない。
「お、おぬし、やるな。達者やのお」
一流の帽子好きは一流の帽子売りを知る。その逆もまた真なり。
黙って店の奥から物色する金森幸介を見守っていた若主人らしき男性も
「おぬし、やるな」とばかりにコクリと頷きつつ「でも店先で散骨はやめてね」と呟いた。

河川の入り江、ワンドのような紀伊半島の北方を交流という大河の流れは素通りしてきた。
しかし、その清らかな淀みの中で和歌山は独特の文化を育んできたのである。
文政の大火の焼け跡に商人が商品をぶらくって(ぶら下げて)軒先を飾ったのが
ぶらくり丁の起源であるらしい。
件の帽子屋、「和田帽子店」は創業70年の立派な老舗である。
現在のご主人は三代目にあたる若主人和田眞氏でる。
なんとはなしに和田誠氏のセンスを想起させるのは偶然だろうが、面白い。
私はつくづくタダで面白がれる才能がある。本当に安上がりな人生である。
郊外型ショッピングセンターなどに負けず、しぶとく頑張ってほしいものである。ぶらくり丁。
「お前らこそな!」と返されるのは承知の上でエールをおくる私と金森幸介である。