エピソード79 夜のストレンジャー

最近、売れて売れて売れまくりんこの金森幸介センセイは多忙であります。
でもまあ、普段の彼に比較して、ということであって、ほとんどのツアー・シンガーは
年中もっともっと周りまくりんこの歌いまくりんこの稼ぎまくりんこなのであります。
「そないにライブやってもしょうないしなあ。みんなそないに聴きたくないやろしなあ」
が信条の彼にとって、今回ツアーが重なったのはたまたまだったようで
6月のスケジュールをこなした後はきっとまた
"The Long SummerVacation"に入るに違いないのであります。
みなさん、vacationってスペリングするとき、必ず歌っちゃいませんか?
V・A・C・A・TION~ 楽しいな って。弘田三枝子。アスパラでやり抜こう!

金森センセイが多忙で最近はとんと付き合ってくれないので私は仕方なく
この日曜日の夜、次男を連れ出して自宅近くのスーパー銭湯に出かけた。
「お前って銭湯しか行くとこないんか!」と速攻のツッコミを入れた方も多いだろうが
返す言葉もありません。まったく仰せの通りでございます。
今年入学した中学校の宿泊学習で土曜日まで琵琶湖に行っていた次男は
月曜日が代休に充てられていたので今日は遅くなっても大丈夫と、午後11時ごろに出かけた。

日曜日の深夜だからか、はたまた不景気のせいか、銭湯内にお客はまばらである。
いつものように大人一枚と子供一枚のチケットを買うと次男が「僕、もう大人料金やで」
と不服そうに言う。ああ、そうだったんだ。大きくなったんだなと少しおセンチになる。
ロッカールームで服を脱いでいると、一人の中年男性が入ってきた。
リーヴ21の岡村社長に似ている。
岡村社長はなぜかケロケロケロッピの巾着袋をブラ提げてやってきた。お茶目である。
袋はお茶目だが、岡村社長はけっこう強面(コワモテ)である。
テレビでお馴染みのお茶目な社長さんたちのリアル版はけっこう皆さんキビしいような気がする。
トーカ堂の北社長然り、ジェパネットの高田社長然り。
にしても、ケロッピ巾着って...私と次男はロッカーに隠れて笑いをこらえた。
金森幸介とのこれまでの経験で「銭湯に一人でくる客はキャラが濃い」
という不文律を見出していた私は「このオヤジ、観察に値するな」と直感した。

でもまあ今夜は息子と一緒に入浴に来ているのである。父親としては、ここはひとつ
「どうだ、中学校の様子は?」とかコミュニケーションを図らねばなるまい。
岡村社長似オヤジのキャラ観察などしてる場合ではないのである。
息子と二人、露天風呂の奥に位置する「岩窟風呂」に入った。
洞窟を模した八畳ほどの岩風呂である。
洞内は仄暗く、青いランプがひとつ湯内に沈められている。
カプリ島の青の洞窟のようである。行ったことないけど。
「どうだ。学校の方は? そうかボチボチか。どうだ。下の方の毛は?
そうか、ボチボチか。おとうさんがお前くらいの時はもうボーボーやったぞ。ガッハッハ!」
って、そんなこと息子に自慢してどうする。

その時、洞窟の入り口に人影が見え、ゆっくりと入ってきた。逆光で顔は見えない。
闖入者の出現に我々親子の会話は途切れた。
逆光が去るとその闖入者が岡村社長であることがわかった。
タオルを頭にのせた顔はやはり少し怖い。しかも「銭湯の一人客」である。
狭い洞窟内には我々親子と強面の岡村社長だけ...事態はフェーズ4である。
私たち親子は少し緊張し、脱出すべく目配せした。
そのとき、突然岡村社長がなにを思ったかいきなり口笛を吹き始めたのである。
事態はいきなりフェーズ6! 警戒!...警戒!...警戒!
洞窟内に反響し流れだす口笛の調べ...そのメロディーはビリー・ジョエルの
”ストレンジャー”のイントロであった。
う、上手い!
ヴィブラートといいタンギングの妙といい、すごい口笛プレイヤーである。岡村社長。
岩窟内に反響し流れるクールなメロディー...まさにビリジョの世界である。
まるでブルックリンの路地裏にいるようだ。行ったことないけど。
我々はフェーズ6状態を忘れ、しばし聴き惚れたのである。

リタルダンド気味に演奏を終えた岡村社長が自らに課した次なるミッションは
WHOが設定した警告フェーズの臨界点を超えていた。
口笛のイントロを終え、岡村社長は”ストレンジャー”のギターのリフを口三味線で
演奏し始めたのである。熱唱というほどではないが、鼻歌のレベルでもない。
しかしどこか違和感がある。聴き知ったお馴染みのリフとなんだか違うのである。
どうもフィル・ラモーンの洗練さに欠けるような気がする。
この時点で我々親子の洞窟からの脱出への意欲は既についえていた。
好奇心は危機感を凌駕したのだ。この先が聞きたい...
リフの口三味線が終わると岡村社長、こんどは歌い始めた。もうなにも怖いもんなしである。
♪く~もりガラスのむこうは風の街~ 問わず語りの心が切ないね~
って、そりゃ社長、”ルビーの指環”じゃないスか!寺尾聰スよ。親父は宇野重吉スよね。
確かに”ストレンジャー”に似てるけどさ、フィル・ラモーンならぬ井上鑑じゃないスか。

”ルビーの指環”をワンコーラス歌い終え、間トロのギターリフに入る社長。
今度もまたちょっとヘン。フィルでも井上でもない。
二番の歌いだしは、♪悔しいけれど お前に夢中~ ときた。
薄々予想はしていたが、一応私は心でツッコんだ。
悔しいのはツッコミに甘んじなければならぬこっちの方である。
そりゃ社長、ギャランドゥじゃないスか!秀樹のっ!
しかも、もんたよしのりバージョンじゃないスか!シャッチョ~ってば通っスね!
確かにこの曲も”ストレンジャー”にクリソツだけどさ、
口笛からここまで三段ボケなんて、ネタくってたんスか!社長!
我々親子の存在を意識してかどうか、ずべてのパフォーマンスを終えた岡村社長は
「...なんてな」と微かに呟いた。

湯から上がり、銭湯の建物を出るとタコ焼きの屋台が出ていた。
我々親子は駐車場が見渡せる芝生上のキャンプ用のテーブルセットに座って
購入したタコ焼きをホフホフと頬張った。夜は静かで我々の口数も少なかった。
銭湯の自動ドアが開き、一人の客が出てきた。
揺れるケロケロケロッピの巾着袋...岡村社長だった。
袖すりあうも他生の縁、我々親子は「おやすみなさい」と声をかけた。
社長は一瞬清とした夜空を見上げ、我々に軽く一礼し、そしてゆっくりと息を吸い込んだ。
今夜の口笛カーテン・コールはダイアナ・ロスの"If We Hold On Together"であった。
ジェームス・ホーナーの手になる美しいメロディーが発掘泉の湯煙りと絡まり流れていく。
ピーターパンやパジャマ姿の子供達がネバーランドに向かって飛ぶ姿が見えたような気がした。
初夏の月夜にふさわしい曲だった。
もうこれ以上何事にも動じまいと心していた私だったが、ここまで虚をつかれては
ツッコむ言葉も見当たらない。天晴れなボケ芸であった。
幕が下りるまでツッコミに甘んじ、ボケ逃げされた一夜であったが、私の心は爽やかだった。
とりあえず「口笛はなぜ遠くまで聞こえるの?教えておじいさん...」とボケてみたが
さすがに次男は「お前はハイジか!」とはツッコんではくれなかった。

ケロッピ巾着を揺らしながら夜の闇に紛れていく岡村社長の後姿を見送りながら
旅の空にいる友に私は語りかけていた。
「幸介、今宵のすべてを君にも見せたかった...安らかに眠れ...」