top of page

エピソード89 アカシ君のこと

es335.jpg

先日アカシ君から電子メールが届いた。初めてのことである。
もうかれこれ十年以上アカシ君とは会っていないかも知れない。
見覚えのないメールアドレスではあったけれど、僕にはすぐに送信者が心当たった。
 "gibson.es-335td.1972.ch...." アカシ君の愛器の仕様だった。 
そう、アカシ君はギタリストである。
僕の中での"Mr.335"はラリー・カールトンでもリー・リトナーでもなく間違いなくアカシ君である。
パット・シモンズも候補には入るけれど、この前SMAPの後ろで弾いてたのはソリッド・ギターだった。
三十年前にはジャニーズ事務所のアイドルと共演するドゥービー・ブラザーズなんて想像も出来なかった。
矢沢の永ちゃん曰く「ドゥービーを解散させたのは俺よ。ヤ・ザ・ワ」だそうである。
才能あるけど、ジョン・マクフィーのネズミ顔はドゥービーズにはミスマッチな気もする。

アカシ君は”金森幸介&The Mellow”の一員であった。
アカシ君は金森幸介と同じ街の住人である。ただしアカシ君は富裕地区、金森幸介は九龍地区である。
アカシ君の家は由緒正しき庄屋さんのお屋敷のような豪邸であった。
アカシ君の家の玄関ホールは金森幸介の自宅がスッポリ収まってしまう広さだった。
アカシ君の家のトイレには使い捨てのハンドタオルが設置されていた。
金森幸介の家のトイレにはトイレットペーパー代わりの古新聞が置かれている。(ウソである)
アカシ君の由緒正しき庄屋さんのお屋敷には由緒正しそうな欧州風のテーブルゲームがあり、
由緒正しくない我々が夜っぴて興じたものであった。
そう、アカシ君はお坊ちゃまくんであった。
金森幸介もお坊ちゃまくんであったが、今は没落貴族の末裔として阿片窟に巣くう。嗚呼無情
アカシ君はお坊ちゃまくんであったが、
ツギハギだらけでデニム部分が皆無のLEVI'S 501をいつも穿いていた。
着古したLEVI'S 501を穿いたアカシ君はストレートなロングヘアーを揺らせて
チェリーレッドの335を弾いていた。
でもテニスのアガシ君は若くしてハゲチャビンであった。
そのかわり奥さんのグラフさんはヒゲが濃かった。世の中丸く収まるものである。

アカシ君といえば、思い出す出来事が僕にはある。
多分まだ二十代だった僕とアカシ君は、同じバンドで当時京都北白川辺りにあった
ライブハウスに出演した。冬の寒い日だったと記憶している。
お客さんは二人だった。もちろん多いに越したことはないが、たとえ二人でも構わない。
ちゃんと聴いてくれる人の前では我々は全身全霊をかけて演奏する。
金森幸介だって、一人二人のヨッパライ相手に出来る限りのことをやってきたのだ。
でもこのときのお二人様は普通のお二人様ではなかった。
ライブハウスC&Cには二階席があり、一階席がカラッポであるにもかかわらず
お二人様はわざわざ二階席に陣取ったのである。
唯一のお客様であるお二人様は若い男女であった。

我々が演奏を始めると、お二人様は密やかに若さの躍動を爆発させ始めたのである。
愛を育み始めたのである。メイク・ラブし始めたのである。
キス・イン・ザ・ダークし始めたのである。
ステージの我々はもはや同伴喫茶のハコバンド状態である。
こちらも気にしなければいいのだが、やはり気になる。
二人の愛の行方が気になる。男の手の行方が気になる。
MCもやりようがない。「ノってるか~い!」とコールして
「ノってるよ~! 彼女に...」なんてレスポンスされても切ないのである。
ふと同じステージ上のアカシ君と目が合った。
彼はチェリーレッドの335を愛しそうに弾きながら
「僕らは一体なにをしているんだろうねえ」というアルカイックな微笑を浮かべていた。
「これから一体僕らはどこへ行くんだろうねえ」という切ない微笑を僕も返した。

モラトリアムともいえる闇の中で僕らにはこれから迎える未来への不安でいっぱいだった。
でも、それからけっこう愉快な生活を今まで続けてきたわけだから
トホホな人生もなんとかなるもんである。

ところでアカシ君からのメールだが、「今度の選挙にはぜひ私の支持政党にご投票を!」
という内容ではもちろんなく、現在彼が在籍するバンドのライブの案内だった。
アカシ君は今現在、"LAW GUN'S"というバンドでギターを弾いている。
元ナッツベリーのメンバーを主に結成されたこのバンド名は
寄る年波で近くを見るにも苦労するメンバーの老化現象を洒落たものであるらしい。
これに対抗して僕もヘビースモーカーを集めて"HIGH GUN'S"を結成しようとも思ったが
さすがに洒落にならないのでやめにした。別に対抗する意味もないし。
LAW GUN'Sのボーカリストである中島君が経営する中華料理店で金森幸介はライブをしたことがある。
厨房で中島君が振る中華鍋とジャーレンのリズムと金森幸介の歌がナイスなコラボだった。らしい。

Mr.335 アカシ君の勇姿を目の当たりにできるLAW GUN'Sのライブが来る11月22日(日)
大阪 千日前のアナザードリームでおこなわれます。多数お集まりください。
でもあまりに濃厚にラブラブなカップルの入場はお断りする場合があります。

bottom of page