​エピソード94 秋の夜長に

いつもは一応テーマのようなものを設定して書き綴らせていただいておりますが、
今回は私と金森幸介が過ごした、とある一夜の出来事を完全中継という形でお届けいたします。
3DOGS 5NIGHTSツアーの最終日、大阪は玉造のさんくすホールから始まります。

私が駆け足でさんくすホールに駆けつけたときには既にライブは終了、
どころかお客さんは皆帰り、撤収作業もすっかり終わって、さあ打ち上げという段であった。
長らく私は金森幸介の演奏の現場に立ち会っていない。こんなことで友人と言えるのだろうか。
それ以前に、公式ホームページにコーナーを受け持たせていただいちゃってていいのだろうか。
今のところ、どなた様にも文句を言われていないけれど、いつかお叱りを受けるような気もする。

ライブになんに関係もないくせに打ち上げだけにはのうのうと参加するのもどうかと思うが
みなさん、イヤな顔ひとつせずに迎え入れてくださるので、甘えてばかりの私です。

さんくすホールに程近い居酒屋が打ち上げの場であった。
参加者は金森幸介、光玄氏、AZUMI氏、tambourine man、光玄氏を師匠と仰ぐ男性、
ミナミの美少女M嬢、さんくすホールのO氏夫妻、そして私である。
O氏はとにかくマメに働きまわる人物である。皆のドリンク注文を訊き、料理の注文を通すために
厨房と座敷を何度も往復する。ドリンクがなくなりそうになるとすかさず「おかわりどうです?」
と気配りを忘れず、皆の皿に鍋料理を注ぎわけ、隙を見て立派な一眼レフで撮影するという
まさに八面六臂の大活躍である。
O氏は満面ヒゲ面という一見粗野にも見える外見に反して、繊細で誠実な人物である。
元教師という経歴もさもありなんである。
O夫人もいつも姿勢正しく凛とした佇まいの、品行方正の見本のような女性である。
娘さんたちもそれぞれに真っ直ぐに育った才媛で、金森幸介のお気に入り姉妹である。
今、上のお嬢さんは東京、妹さんはドイツ在住ということで、
今回お会いできなかったのが残念至極である。
というか、私はO姉妹に会うためにわざわざここまで来たといっても過言ではない。
確かにO氏は気配りの人である。しかし願わくばヒズ・ドーターに気配りして欲しかったのである。
鍋はうまいしネエちゃんはキレイだ ワッワッワッワー といきたかったのである。
でも、O氏がいちばん気配りしているのはヒズ・ワイフに対してのような気もするのである。

三人のミュージシャンとtambourine manのツアーメンバーは連夜の疲れは感じさせながらも
今回の初顔合わせのブッキングに確かな成果を感じ取っているようだ。
どの会場のどのライブをとっても同じメニューはなく、こなれて小さくまとまることもなく、
良い意味での緊張が最後まで持続した大傑作ツアーだったようである。

翌朝に所用を控えた光玄氏と光玄氏を師匠と仰ぐ男性は早々に帰路に着いた。
再々「光玄のイリュージョン!」とツッコまれていたが、詳細はまたの機会に語るとしよう。
残ったのは下戸の金森幸介と私と、これまた下戸のM嬢。これから運転して名古屋まで
帰らなくてはならないtambourine manはノンアルコールビールを舐めつつ、お疲れ模様である。
O氏は料理・ドリンクオーダーに撮影と大忙しで飲んでる暇などない。
オンリーワン酔いどれボーイと化したのがAZUMI氏である。
近くに知り合いが営む店があるようなのだが、そこに行って欲しいのか、そうでもないのか
せっかくのハスキーボイスも言うてる意味が分からんの世界に突入である。
しかしそこは気配りの男、O氏。
「ほ~、そうですか。そうですな」と厨房と座敷の行き来の合間に相槌を打つのである。

料理はほんとに旨かった。しかしO氏の心づくしが極まり、ボリュームがあり過ぎた。
我々は満腹の上に満腹を重ね、口から胃が引っくり返って出そうになった。
それではそろそろお開きにと皆が立ち上がろうとした時、O氏が「タコ焼き!」と
厨房にコールした日にゃ、我々は気が遠のきそうになった。
靴を履こうとする我々の口にタコ焼きを一つずつ放り込んでまわるO氏。
ゲップをする余裕すらない我々には、もはや味覚という感覚は失われていた。
ダメ押しの注文をしてまで我々に食べさせたいほどのお勧めの逸品だったのだろうか。
しかしO氏は平然と呟いた。「ま、これ、冷凍もんですけどね」
おもろ過ぎます。Oさん。私の完敗です。

五日間、ツアーのドライバーも兼ねて奮闘したtambourine manは、機材車を駆って
名古屋までの長い帰路についた。フクちゃん、カッコええぞ~!
酔いどれAZUMI氏は、ミナミのこれまた酔いどれギタリストY君が営む串揚げ屋に
行くといってきかない。しかたなしに同じくミナミ在住のM嬢がタクシーに同乗して
付き合うことになった。外国旅行に行くようなキャスター付きのスーツケースを転がし、
ギターケースを背負ったAZUMI氏とM嬢を見送り、私と金森幸介は車上の人となった。

時刻は深夜一時を回ったあたりだったろうか。
祝日の森閑としたビジネス街を我々の車は北上した。
静まりかえる野田阪神の交差点あたりで私のポケットの中で携帯電話が鳴り出した。
表示を見るとM嬢からである。運転中の私は金森幸介に電話を手渡した。
どうやら酔いどれAZUMI氏によって酔いどれY君の店に連れ込まれたM嬢に
酔いどれ店主Y君が「金森幸介に電話せえ!」と強要したらしい。
「幸介~!い、今からこっち来いよ~」という酔いどれ一派特有の
人の都合気にせず主義の誘いである。
「今、忙しいから、もう切るで~!」と一瞬に電話を切る金森幸介。
傍目には自動車の助手席に座っているだけのように見えるが、これでなかなか忙しいのである。
下戸の我々は酔っ払いに対するあしらいが苦手である。
酔っ払いは女性が同席していても平気ですぐに卑猥な原語を口走る。
我々も下ネタはお好きだが、ヒネリなく直接的な原語には閉口してしまうタイプである。
そこのところ、幾多の修羅場をかい潜ってきたM嬢の方が我々よりよっぽど酔っ払いあしらいが
達者であるに違いない。M嬢といっても、決して虐められてうれしいタイプではない。多分。

気を取り直して我々は北港通りを西に向かった。
USJに近いスーパー銭湯”I”に行こうという趣向である。
確か”I”は午前二時まで営業しているはずである。
駐車場に車を乗り入れると、まだけっこうな数の車が駐められており、盛業中の様子である。
しかし我々がタオルを首にかけエントランスに入ると「本日は閉店いたしました」の札が・・・
ガッカリである。
「せっかく久しぶりに来たったのに、門前払いとはけしからん!」とご立腹の金森先生。
最近「官邸に用があったら、俺を通せ」というまるで劇団Sのアサリ先生のような豪語が口癖の
金森先生の政治力でスーパー銭湯”I”が廃業に追いやられる日も遠くないかも知れない。

こうなったら仕方が無い。43号線を北上しつつ、我々は暗黙のうちに了解した。
あそこしかない。あそこしか。賢明な皆様にはもうお分かりだろう。我々が向かった先が。

やってきました。豊中インター近くの桃源郷。年中無休のユートピア。
24時間エブリデイ・エブリタイム・エブリボディ・カムカムのエルドラド。
拝観生き仏金森法師をお連れしました唐天竺。
結局我々にはここしかないのであります。G湯であります。

いつもの低温湯船にトップリ浸かり、ええ塩梅の我々。ほんまここだけは裏切りまへん。
しかしあまりに打ち上げで食いすぎたため、下腹がポッコリ膨れてカッコ悪いことこの上ない。
さて露天風呂へと外への扉を開けた途端にあまりの温度差にたじろぐ我々。
季節はもう晩秋から冬へと駆け足で向かっていたのである。
露天の床の冷たさに驚き、私は足を滑らせて転んでしまった。
すぐ後ろから来ていた金森幸介が思わず転んだ私を踏んづけてしまう。
生き仏様に踏まれる下腹ポッコリの男・・・
まるで毘沙門天に踏み押さえられている餓鬼の図である。
我々の姿をこのまま正倉院展に展示してもらいたいもんである。

なんだかんだ言ってもやはり外気温が低い季節の露天風呂は格別である。
今日の日替わり風呂は「ワイン風呂」とある。
ここで我々は社会派としての会話を交わした。
我々は今怒っている。なにに対してか? マスメディア、特にテレビの報道番組に対してである。
「人権、人権」と人は言う。しかしこの世から外れた瞬間に我々の人権は剥奪されてしまうのだ。
死んでしまった人間の人権にメディアは敬意を示さない。
死んだらもう人間じゃないから「人権」は存在しないのか?そしたら「仏権」を尊重してくれ。
殺された上に生前のプライベートのあれやこれやを好奇の目にさらされて哂いものにされるなんて
死んでも死にきれないとはこのことだ。
殺人被害者よりも殺人犯の人権に重きを置くってどういうこと?
我々は怒って怒って、ワイン風呂の中で怒りの葡萄になった。
このままうら若き生娘の生足で踏みつけられてボルドーのワインになってしまいたいくらい怒った。

まあ、そないに怒ってもラチがあかないので我々はG湯を後にした。
コーヒーを飲みたいと思った。しかし当然ドーナツ・ショップなど開いているはずもない。
深夜三時である。確かハンバーガー・ショップは24時間営業のはずである。
ロマンティック街道(ああ恥ずかし)を北上し箕面のMに。確かに看板に”24h OPEN”と
煌々と掲げられている。しかし車を駐めて入り口に向かうと店内がいやに暗い。
どうやら24時間営業はドライブ・スルーだけのようである。
拝観金森生き仏幸介様の怒りをかったMバーガーも先生の政治力でどないかなるはずである。

しかたなく我々は西に向かった。ガソリンスタンド併設のAコーヒーが開いているのは知っていた。
しかし名にし負う「寒寒コーヒー店」である。
今夜の冷え込みでわざわざ出向くなんて自殺行為である。

阪神高速道路の高架沿いにもう一軒Mバーガーを発見した。
どうやら店内にも照明が灯り、先客も見える。やでうれしやと我々は飛び込んだ。
Mバーガーでは我々はバリューセットを所望することが多い。
我々はカフェテラスモモやカフェ氣遊の健康的メニューも好きだが、
ギトギトラードで揚げた不健康なフライドポテトも大好きである。
まさに清濁併せ食うの境地である。しかし今宵は腹パンパンである。飲み物だけにしておこう。

「あっ!そうや」と言いつつ、金森幸介が財布からなにやら紙切れを取り出した。
それは二枚のコーヒー無料券であった。
喜ばしいことである。なんせタダである。嬉々として我々はコーヒーをオーダーした。
首相官邸とホットラインで繋がっているという大人物ぶりと、
コーヒータダ券を後生大事に財布内に確保しているという小市民ぶりとが同居しているところに
金森先生のセンセイたる所以を垣間見る私であった。ありがたや。ありがたや。

待ち焦がれたあったかコーヒーを啜る我々であったが、ここで重大な問題が定義された。
我々はいつもMバーガーではコーヒーをおかわりする。もちろんタダである。
Mバーガーは積極的に謳ってはいないが、コーヒーを無料でおかわりできる。
しかし、今夜はタダで貰ったコーヒーである。そんな立場でもおかわりはOKなのだろうか?
いや、たとえルールが許したとしても、同義的に人としてそんな横暴がまかり通ったら
この世は闇ではないか。我々は喧々諤々の協議を交わした。
「コーヒー無料券というのはこの店内という治外法権では貨幣と同じである。
而して当然、おかわりも正攻法で許される」という論。
「店員が代わった隙を見ておかわりに行ったら、タダ券の客と見破られんやろ」という
ファミレスで一人分のドリンクバーを多人数で回し飲みするのと変わらない意見も出た。

かくして「官邸にコネクション」とは程遠い小さな小さな男たちの秋の夜は更けていくのであった。