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幸介からのメッセージ2005/06/07

あまりに天気が好いので、散歩に出た。
近くの公園で、日向ぼっこしながら本を読む。
――――シンプルな良い計画である。

公園は、静かだった。
平日なので、あまり人はいない。
ベンチを見つけ、腰をおろし、まずコーヒーを飲む
(家からポットに入れて持ってきたのだ。まったく
準備のよい男である)。
次に、ウォークマンを取り出しヘッドフォンをセッ
トする。今日の、もうひとつの計画――――シカゴ
の『サタデイ・イン・ザ・パーク』をここで聴くのだ。
今日は《サタデイ》ではないが《心はいつもサタデ
イ》 だから何の問題もない。
う~ん、いい曲だ。あ~~、いい気分だ。加川良の
『駒沢あたりで』では、こうはいかない……。
どこまでも青い空が広がっていて、フワッと風も吹
いて、なんとも気持ちがいい。

ひと息ついたところで、本を読み始める。
ハード・ボイルド小説である。
あっというまに《心はいつもハードボイルド》と化
す。今なら殺人鬼だろうが、どこかの国の特殊工作
員だろうが、お茶の子さいさい、赤子の手をひねる
よりも易し。
「どっからでも、かかってこんか~い!」

と、子供が二人近づいてきた。

男の子と女の子。
幼稚園前後ぐらいの歳だろうか。
仲良く手をつないでいる。どうやら兄妹のようだ。
そういえば、つい先程まで、お母さんらしき女性と
近くでウロウロしていたのを目の端で確認している。
なにしろ《心はいつもハードボイルド》な男である。
油断することなく絶えず身辺に目を配っているのだ。

いつのまにやらガキどもは、いや、子供たちは僕の
目の前に来ていた。お母さんの姿はない。二人はし
っかり手をつないだまま、じっと僕を見つめている。
僕の目は、(なんや? 、と)彼らと本とのあいだ
を行ったり来たりしている。

先に口を開いたのは男の子だった。

「おっちゃん、なにしてんの~ん?」
「な・な・な・何してんの~んて……。ほ・ほ・ほん
――――本、読んでんねんがな」
「ふぅ~ん……」

無言のまま、僕たちは3秒ほど見つめあった。
――――彼が、また口を開いた。

「それ~、まんがぁ~?」
「ま・ま・ま・漫画って、あんた……。ほら、ほ~
ら、字~、字~いっぱい書いた~るやろッ! み・
み・見てみッ! ど・ど・ど・どやッ! か・か・か・
漢字ばっかりやぞ~ッ! これ、難しい本やねんぞ
~ッ! ホンマ、頭、ようなかったら読まれへんね
んぞ~ッ!」
「ふぅ~ん……」

この、“ふぅ~ん”が曲者である。
どうやらこの男の子の得意技らしい。鼻にかかった
その声が消えたあと、妙に面白おかしい雰囲気が漂
う。むむ、こやつめ、デキる! 

僕たちは、また見つめあった。
今度は少し長い。――――5秒ほどか。
女の子の方は、ただ黙ってお兄ちゃんの手をにぎっ
ている。彼女はほとんどまばたきもせずじっと僕か
ら視線を外さない。これがまた僕を少し落ち着かな
い気分にさせる。意外に手ごわい奴らかもしれない。

さて、妹の手だけでなく、話の主導権もにぎってい
るお兄ちゃんが、ここで切れ味の鋭いパンチをくり
だした。

「おっちゃん、会社行かんでええの~ん?」
「……か・か・か・会社かぁ~?……、う~ん、会社
なあ~……、……か・か・か・か・か・い・しゃ……つ・
つぶれてしもて~ん! おっちゃんの会社、つぶれ
て無くなってしもて~ん! ほんで、エライ目にお
うてしもてなぁ~。家は無くなるわ、お母ちゃんは
どっか行ってしまうわ、もう滅茶苦茶やがなぁ~! 
ホンマ世の中きびしいでぇ~。あんたらもちゃんと
勉強しとかへんと、おっちゃんみたいにエライ目に
あうでぇ~。でもな、まあ~、こんな天気のエエ日
にボヤーッと、ボォーッとしてられるちゅうのんも、
それはそれでエエもんやけどなぁ~!」
「ふぅ~ん……」

この“ふぅ~ん”のタイミング(ま=間)がホント
に素晴らしい。僕が多弁になったあとだけにその切
れ味たるや、抜群である。まったくもってデキるガ
キだ! 『ふぅ~ん』という歌を書こうかなと一瞬
思ったぐらいである。

僕たち三人は――――また5秒ほど見つめあった。
今やハードボイルドな午後の緊張は、その沸点に達
せんとしていた。

「***ちゃ~ん! **ちゃ~ん!」という声が
聞こえたのは、そのときだった。
どこぞやに姿を消していたお母さんである。心配そ
うに二人を呼んでいる。無理もない。子供絡みの物
騒な事件も多い世の中だ。
ガキどもは名残惜しそうな表情を見せながらも、く
るっと背中を向けてトコトコ駆け出して行く。
「またなぁ~、バイバ~イ!」と僕が声をかけると、
「バイバ~~イ!」と振り返りながら空いているほ
うの手を振った。そう、兄と妹の手と手は、結局最
後まで離れることがなかった。なんとも仲の良い、
礼儀正しい、好感の持てるガキどもではないか。

お母さんの声が聞こえてくる。
「知らないおじさんと……ダメ……。もう……」
どうやら怒られているようだ。
そのあいだにも彼等は、何度も何度もこちらを見る。
そのたびに僕は手を振ってやった。激しい戦いを終
えて、我々のあいだに芽ばえたささやかな友情の証
として――――。

と、お兄ちゃんがお母さんに話しかける大きな声が
公園中に響き渡った。
「なあ、なあ~、あのおっちゃんの会社つぶれてん
てぇ~!」

(ひぇ~~っ!!)
まったくデキるガキである。
ホレボレするほどである。
ヤツがもう少し大人で、僕がもしずっと若ければ、
いいコンビが組めるのに――――もちろん“音楽”
で、ではなく“お笑い”でだ。う~ん、惜しい。

お母さんは、チラチラと僕のほうを見ながら、「も
う……知らない人と……」と何度も何度もくり返し
言ってきかせている。
私は決して怪しいものではございませ~ん、と僕は
ガキどもに手を振るふりをして、お母さんに大きく
手を振った。
いや、こう見えても(どう見えてんねんやろ?)私
は、知る人ぞ知る(つまり、誰も知らんちゅうこと
か?)噂の(エエ噂はあんまり聞かんけどネ……)
シンガー・ソング・ライターですよ~ん、と。
「ふぅ~ん……」というお母さんの声が聞こえたよ
うな気がしたけれど、それはきっと気のせいだろう。

それにしても腕の立つ奴だった。
ガキだと思って油断したのがいけなかった。
あの最後の、オカンを使ってのシャドウ・プレイは
敵ながら見事だった。あの、妹を使っての隠し技も
効いている。久々に出会った手応えのある対戦相手
だった。

まあ、今日は、やられっ放しのまま終ってしまった
が、そこはそれ、こちらもプロである。(何の?)
もし今度出会ったら、子供だからといって手加減せ
ずに、これでもかと痛めつけて、絶対にギャフ~ン
と言わせてやろう。
“ふぅ~ん”ではなく“ぎゃふぅ~ん”だ。
(「ふぅ~ん……」)

僕は、本を閉じ、またコーヒーを飲んだ。
もう一度『サタデイ・イン・ザ・パーク』を聴いた。
相変わらず、どこまでもどこまでも青い空が広がっ
ていた。



 

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