エピソード26 Journey Through The Past

どんよりと曇った空の下、ハシケの行き交う運河が流れ、
水面に映った工場の煙突からは、真っ黒な煙がのべつ噴き出されている。

昭和26年、大阪市此花区の安治川べりの町で金森幸介は産声を上げた。
古くからの金属工場、製鋼所が立ち並ぶこの一帯は
後年、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの誘致によって一変する。
3年後の昭和29年、西淀川区の神崎川べりの町で私が生まれた。
そこもまた、精錬所や化学工場の煙突の下に佇む町だった。
小学1年から3年間、大正区に移り住んだが、
これまた木津川運河べりの掃き溜めのような町だった。
早朝には、夜勤あけの工員たちの自転車を満載して渡船が運河を渡る。
いたる所から、煙と水蒸気が立ち昇っていた。

金森幸介の生家は、土木関係の事業を営む裕福な家庭。
かたや、工場の労働組合員の家庭に生まれた私。 と境遇の差こそあれ、
原風景は、非常に似通っているのだ。

この歳になっても、大阪湾を臨む工場地帯の夜空をキューポラの炎が焦がす
そんな景色を眺め、その空気を吸う時、我々は郷愁に胸が熱くなる。
光玄氏の名曲「鉛の粉」が我々の心に染みる訳は、こんな原体験にあるのかも知れない。

色んな場所に行き、色んな風景に身を置いたけれど、
心が回帰する場所はいつもひとつなのだ。
みなさんの胸にもそんな風景はあるのだろうか。

先日亡くなられた山田風太郎氏の著書「人間臨終図鑑」は我々の愛読書だが、
自分はどんな場所でどんな言葉を呟いて死んでいくのだろう。
懐かしい風景を眼前にして、そんな思いがふと我々の頭をよぎった。
愛する人の耳元に一世一代のギャグをかまして、大笑いさせて逝けたら最高だ。

ユニバーサル・スタジオの灯りを対岸に臨むパーキング・エリアで
金森幸介が遠い目をしてこう言った。
「いつか一人で、生まれ育った町を訪ねてみたい。
すっかり変わってしまったであろうあの町を歩きたい。空気を吸ってみたい。
それは俺の"センチメンタル・ジャーニー"なんだ。」

私の脳裏にこんなメロディーが浮かんだ。
「♪伊・代・は まだ~ 16 だから~」

自販機から取り出した「バヤリース グレープフルーツ」を一口飲み、彼は言った。
「失敗。やっぱりバヤリースはオレンジやなあ。」  ハード・ボイルドの道は遠い。