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納涼怪奇談 「楽園夜話」

暑く寝苦しい夜が続きますが、みなさんお元気でいらっしゃいますか?
今回のinside-reportは暑気払いに、真夏の特別編として
今まで誰にも語らなかった不思議なお話をお届けします。
こういう話が苦手な方は今すぐこのページを閉じて下さい。

今から2年前の9月の出来事。
私は金森幸介と共に、愛知県O市のS公園野外音楽堂で開催された
フリーコンサートに赴いた。
このコンサートは金森幸介も私もお気に入り。
もう日本中どこを探しても、こんなコンサートにはお目にかかれないだろう。

コンサート当日は土曜日で、あくる日曜日が撤収に当てられていた。
コンサートは無事終了し、我々は主催者や出演者の面々と音楽堂の芝生で
深夜まで打ち上げをした。
しかし、その日の早朝に大阪から車を飛ばしてきた私は、すこし疲れており
11時頃には宿舎に向かうことにした。

2人の女性と共に、真っ暗な公園内を懐中電灯ひとつで出口へと歩く道すがら
夜露に濡れた路傍から気の早いコオロギの声が聞こえた。
宿舎として主催者が用意してくれていたのは、
公園から道ひとつ隔てた旅館で、
その昔、街道沿いの旅籠であったかの風情である。
無人のフロントカウンターに部屋割りの書かれた紙があり、
その上に部屋の鍵があった。私は金森幸介と同室のようである。
鍵を取り、女性陣と別れた私は一人、部屋へと向かった。
部屋に到着し館内案内を見ると、共同風呂が別館にあり、
24時間使用できるとのこと。
私は早速、備え付けのタオルを携え、廊下を別館へと向かった。
その時、たしか11時30分頃だったと記憶している。

静まりかえった渡り廊下を歩き、別館に入るとすぐに共同風呂があった。
浴室に先客はおらず、私は一人、ゆっくりと湯船につかり疲れをいやした。
目を閉じて数分間瞑想していたが、耳元でかすかに、ブーン、ブーン
という音が聞こえ、目を開けてみた。すると
浴室内の湯気の中を数匹の蛾が飛んでいたのである。
不思議に思い、傍らを見ると、浴室の窓が開け放されている。
秋口の、まだ暑さの残る夜だとはいえ、やはり気にかかり、
閉めようと湯船を出て窓際へ向かった。

窓の外を見やると、今しがたやって来た本館が斜めに建っており
別館との間は草むらの空き地になっていた。
湿っぽい草いきれが私の鼻を突く。
閉めようとしたその瞬間、私は不思議な光景を目の当たりにする。
空き地の草むらを本館沿いに、白っぽい人影がゆっくりと歩いているのだ。
目を凝らして見ると、その人影は、

白無垢に角隠しの花嫁だった。

一瞬、驚いた私だったが、昼間誰かから聞いた「明日婚礼があるので
今日、旅館は満室なんやって。」という言葉を思い出し、
「花嫁さんが着付けの予行演習してんのかな。ここらの婚礼は派手らしいし」と納得した。

しかし次の瞬間、その考えを恐怖が打ち消した。
「い、今、何時や!夜中の12時やぞ。おかしい。これはヤバイぞ!」
脳が瞬時に結論を出した。「この世のもんやない...」

浴衣を着るのもそこそこに風呂を飛び出た私は、本館の自室へ足早に向かった。
「俺は疲れてる。飲み慣れない酒も飲んだ。今日の俺はおかしい。」
ブツブツ呟きながら、部屋に入り、気の抜けた缶ビールを
一気に飲み干し、布団に潜り込んだ。

と、次の瞬間、部屋の電話が鳴った。
「おいおい、冗談やろ。やめてくれよ。」
しかし電話は止まない。もしかすると関係者からの連絡かも知れない。
意を決して取った受話器から聞きなれぬ女性の声が聞こえた。

「今、帳場に居ります、お薬をお持ちします。」
「薬?人違いじゃないですか?」
「今すぐ、お持ちします..」 ガチャッ!電話は切られた。

.........正体の知れぬ女が薬(?)を持ってこの部屋にやって来る...
えも云えぬ恐怖に、体中からイヤな汗が吹き出た。
先ほど見た花嫁の真っ白な顔面が脳裏を横切る。そして、一筋ひかれた紅...
部屋を飛び出したい欲求にかられたが、
暗い廊下でハチ合わせするのはもっとイヤだった。
部屋の扉に鍵をかけ、私は再び布団に潜り込んだ。

  どれ位時間が経っただろう。...震えながらも私は寝込んでしまったようだ。
目を覚ますと、私は汗びっしょりで、枕もとには金森幸介が立っていた。
時計を見ると、午前2時過ぎ。
「か、鍵かかってたやろ?」と私が問うと、
「いや、開いてたで。扉も開けっ放しやったぞ。」と言う彼の足元に
古ぼけた紙風船がひとつ転がっていた...

上機嫌で帰ってきた彼に、私の恐怖体験を伝えるのは忍びなく思い、
今日に至るまで、この話は封印してきた。

今年もあの公園の野外音楽堂でコンサートが開催される。

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