エピソード43 日本の幸せ

私はエキサイトしていた。
プロ野球日本一が決定される一戦がエライことになりそうなのである。
すわ完全試合である。パーフェクト・ゲームである。
達成されれば、我々は歴史の目撃者である。
冷静になれっちゅうのがドダイ無理な相談やっちゅう話である。
私はいわゆるカタズをのんでブラウン管に釘付けだった。

時を同じくして北大阪のとある一室で、一人のシンガー・ソングライターの
ボルテージも最高潮に達していた。
今年は蚊帳の外に甘んじた阪神タイガース・ファンの彼ではあるが
日本一が完全試合で決する瞬間となると、野球好きとしてはクールでいられる
はずがない。
嗚呼、ベースボールファンでよかったのねんのねんのねん!

しかし日ハムの九回の攻撃が告げられるや、耳を疑うアナウンスが流れたのである。
「ドラゴンズのピッチャー交代」
テレビの前の我々が奈落の底に突き落とされた瞬間だった。
我々の失望はいかなものであったかを喩えを用いて表現すると...
クイズ番組に挑戦した青田赤道。
それをテレビを見ながら応援していたが、青田の回答が関西隠語三文字。
全員で逆立ちズッコケをする南河内大学応援団員の気分である。
傍らではゴーダ先輩が「だ、団の面目丸つぶれ...」と青ざめている。
とまあ、そんな心境であった。
オレ流かノブコ流かフクシ流か知らんけど、勝ちゃ~エエんかいっちゅう話である。

とにかく我々は失望していたのである。
場所は11月を迎えた深夜のハンバーガーショップに移る。
今回のエピソードは一夜のうちに起こった出来事である。
前回紹介した「今宵、フィッツジェラルド劇場で」もそんな物語だ。
ジョージ・ルーカスの「アメリカン・グラフィティー」もワンナイト・ストーリーの
名作であるが、僕はそういう物語の形式が好きだ。

我々の失望感はまず、店に女性店員が一人もいないことである。
かわいい女性スタッフのいないハンバーガーショップなど、
送電線事故の電車不通でミッキーが欠勤したTDLのようなもんである。
我々の失望は続く。日本はぜんぜん大丈夫じゃない。
友だちの友だちは皆アルカイダ!世界に広げようタリバンの輪!ってどうよ?
んな法相に死刑執行された日にゃ、死んでも死にきれないっちゅう話である。

怒り収まらず、前回紹介したコーヒーショップに河岸を移すことにした。
時はすでに午前3時。11月に突入し、さすがに街には「寒さ」が漂っている。
さすがのCOLDコーヒー屋もなんぼなんでもクーラーを効かせている可能性は120%ない。

しかし、「なんぼなんでも」の文字はこの店の辞書には無かった。
どこの辞書にも多分ないけど。
さ、寒い。エスプレッソ・マシンを操る店員が「クシュン!」とクシャミをした日にゃ
我々は苦笑するしかなかった。やっぱ、君らも寒いんやないの。
ここの空気は見えない思想的政治的なチカラに牛耳られているようだ。
秘密結社の類だろうか。KKK、モサド、フリーメイスン...
いや、そんな詮索をするのはあまりに危険だ。落合信彦辺りに任せたほうが賢明である。

キンキンに冷え切った股間、いや、全身を暖めようと
我々は豊中インター近くのお馴染み銭湯へ向かった。
時間はすでに午前四時をまわっているが、なかなかの賑わいである。
ヌクヌクのお湯にトップリと浸かり我々はやっと蘇生した。
この銭湯だけは決して裏切らない。
「日本の幸せ」が間違いなくここにはある。

いつものようにロビーのイスで湯上りの一杯を飲む我々の視野に
無数のおにぎりの乗せられたお盆を捧げもち、
しずしずと一人の男がフレーム・インしてきたのである。
なんと、それはあの山下清画伯であった。
しかし、その山下画伯は「ぼ、ぼくは、おにぎりを食べるんだな」などとは言わず、
独り言のように「どんだけ~!」と呟いたのである。トレンディな裸の大将である。
画伯はご両親と湯浴みにおいでになったようで、続いてご母堂が
うどんを乗せたお盆を持って入場されてきた。立派な肥満体である。
お父上は見たこともないキャラクターが描かれたスエット上下をお召しになって
これまたうどんを携えての登場である。
奥のテーブルで仲良く食事を始めるお三人。飲み物はなぜかポカリスエットである。
おいしそうである。楽しそうである。幸せそうである。
三人の真ん中に立ち上る湯気がまさに「日本の幸せ」のアイコンのようである。
細かなディテールはここでは書かない。というか、書けない。
あの完璧な光景はとても文字では表現できない。
その光景に我々の荒んだ心はすっかり洗われた。
メタボリックがなんぼのもんじゃ!較差社会、かかってこんかい!
素晴らしい家族である。
こういう家族がいる限り、日本はまだまだ大丈夫だと思う。
そして彼らの幸せを脅かそうとする何人をも我々は許さない。

清清しい気持ちで我々は銭湯を出た。もう東の空はほんのりと朝焼けに染まっていた。
つい「あ~さやけの空~から~」なんて歌いそうになる。
「今日の空~覚え~ていた~い~」と加藤和彦の歌も口ずさみそうになったけど
金森幸介に「どんだけフォーク・ファンやねん!」とツッコまれそうでやめた。
嗚呼、日本の幸せよ、いつまでも。