TRIP#1「擬態」

つららを見ていたのである。
僕らはつららを眺めながら、ボ~っとしていたのである。
山間の温泉地には人影もなく、
風呂あがりの僕らは川沿いの道端に車を停めて、
ボ~っとすることにしたのである。
ボ~っとしていると目前に迫る山の斜面の岩陰に、
大きなつららを発見したものだから
それを眺めているうちに、ますますぼ~っとしてしまったのである。
谷間に吹く風は、温泉で温まった体に心地よく、どんどんボ~っとしていくのである。
僕はボ~っとしたまま車を降りて、つららに近づいてみた。
食べられるかもしれないと思ったのである。
つららは、冬の陽射しに照らされて、やわらかな輝きを放っていた。
見ている内に、気持ちまでやわらかくなる。そんなやわらかさだ。
温泉で起きた奇妙な出来事も、やわらかな記憶へと変わっていった。
奇妙な出来事?確かに奇妙だった。しかし、それにはやわらかさがあった。

脱衣場での幸介は、まるで浮かれた子供のようであった。
「ワ~イ、ワ~イ、温泉だ~、温泉だ~。」
と言葉に出さなくても雰囲気がそう物語っている。さっさと浴場へ入ってしまった。
服を脱いで僕もその後を追う。その間1分足らず。
休日とあって浴場は混んでいた。たち上る湯気の中に老人の集団が見える。
僕は幸介の姿をさがした。のんびりとした話がしたかったのだ。
しかし、幸介の姿が見あたらない。湯気が視界を遮っている。と思っていた。
客は15~6人程、さほど広くもない浴場なので、1人ずつ確認していけばいい。
まず洗い場をみる。7人いるがいずれ老人である。
次に湯船をみる。老人たちが談笑している。彼らはひとかたまりになって、
恍惚とした表情を浮かべ、タオルで顔を拭う。
いつか自分もあんな表情で風呂に入るのだろうか。
幸介の姿はない。そんなはずはない。扉は一つしかないのだ。僕は同じことを繰り返す。
洗い場にはいない。湯船には老人の集団。幸介の姿はない。見落としたに違いない。
もう一度さがす。洗い場のひとりひとりの顔を確認する。ここにはいない。
湯船には老人の集団、恍惚とした表情を浮かべ談笑している。
中には惚けたような顔をした者もいる。
惚けたような老人?僕の視線はその老人にくぎ付けになった。
惚けたような老人?惚けたような顔?惚けたような?・・「コ・・コ-スケさん?」

僕はつららを口にいれてみた。かすかに甘く、土の味がする。
あれは「擬態」だったのか? 
だとすれば、老人に「擬態」していったい何のメリットがあるというのか? 
車の中では光玄と幸介があいかわらずボ~っとしていた。

(冒頭の写真は本文とはまったく無関係のサービスショットです。)