TRIP#3 「聖域」

2月12日、正午。金森幸介とある計画について話し合うため、
名神高速を大阪に向けて車を走らせていた。
関ヶ原を過ぎる頃には景色は白銀の世界に変わり、険しい山々は、
陽の光に輝く雪の冠を頂にのせて堂々としていた。
すがすがしい冷気が支配する中で、ビーチボーイズを聴く。
ET SOUNDSの4枚組ボックスセット。金森幸介からもうずっと
借りっぱなしになっていたCDだ。(すんません)
完成までのスタジオセッションが聴けるDISC 2をかけた。
ブライアン・ウィルソンがティンパニ-に指示を出している。
「フランキー!もっとドゥルドゥンドゥンドゥ~ンッて感じでたたいてくれないか!」


3時間後、僕と幸介と此花区で、ある計画で使うかもしれないログキャビンを見ていた。
ここは埋め立て地のそのまた先の人工島で、目の前はもう波立った大阪湾だ。
オリンピックのメイン会場になるはずだったこの場所は、2008年の誘致失敗で
そのスポ-ツ施設以外にまったく何も無かった。何もないので人の姿もない。
その異様な光景は、海に浮かぶ小さな荒野さながらだ。
ここは我々の思惑からもはずれた。ストレンジャ-ザンパラダイスやないっちゅーねん。

やれやれと思いながら戻る途中、いやでも目にとびこんでくるU・S・J の案内板。
これは言わずと知れた・ゆにば~さるすたぢおじゃぱん・のことだ。
ガスタンクにまで看板がついている。“シンドラーのリスト”のアトラクションかな?
などと我々らしい話をしながら運転していると、幸介がきょろきょろし始めたのである。
そして、あそこがあれだからとか、こっちがこうだからとか、
首をくるくる回しながら、なにやらぶつぶつ言っている。
僕は金森幸介に対して年に3回ほど「あっ、この人、頭おかしなった!」と思うことがある。
今回はそれではないが、どうも場所を捜しているらしい。そしてついに、
「あ~っ、ここ、ここっ!」「えっ?どこどこ?」「ここっ!」「どこ?」「ここや!」「どこや?」
となったのである。
「ここ」とは、なんと、金森幸介「生誕の地」だった。
「え~っ!こんなとこで!」と僕は金森幸介が指を指すのと同時に言ってしまった。
目の前を通る道には大型ダンプが行き交い、大きな工場が建ち並ぶ「ここ」は、
大都市の埋め立て地にありがちな「この先に人は住めません」という雰囲気だ。
民家は「ここ」を境に市内に向かって増え出すが、人工島方面へは皆無といってよい。
「よおこんなとこに住んでましたな」「だいぶ変わってるっちゅうねん」
彼自身最後にここへ来てから、気が遠くなるような年月がたっていた。
もちろん幸介が住んでいた家はないし、通っていた学校も無くなっていた。
人が生活できそうな境界線的地域だが、昔はここまで市電が来ていたという。
確かにめっちゃ変わっているらしかった。だが幸介は懐かしそうに眺めている。
当時見えていた風景を思い出しながらいろいろ説明してくれた。
興味がわいてきたが、僕はあえて車を降りて歩いてみようとは言い出さなかった。
ここは金森幸介の記憶の聖域に違いないのだ。
僕のような口の悪い(チャックの無い)者が、降り立つ場所では無さそうだ。
また幸介一人でちゃんと訪れてもらいたい。と思ったのだ。

やがてレコードの入荷を確認するのにしょっちゅう通った(しょっちゅう!)
というレコード店のある商店街にさしかかる。そして国道を曲がり淀川の橋を渡る頃、
自分の育った町を眺めながらポツリと言った。「昔は子供らは淀川で泳いだもんや。」
「ええっ、昔はきれいやったんですか?」「いいや、汚れてたかな」
「ああ!それで!」「それで?」
「顔のいろ黒いんですね。」「俺は泳いでないっちゅうねん!」
育ちがよかったらしいのだ。なおもこう続けた。
「向こう岸まで泳いで渡ったら男らしいっていう子供らの世界があったなあ。」
「う~ん、それで・男らしいって渡るかい?・かあ」
「ちがうけどな」 
僕は、自分は泳いでいないという幸介が、川を渡ろうとして流れの真ん中を泳いでいる
そんな光景が頭に焼き付いて離れなかった。

(馬とセオデン王は休み。)


お知らせ 3/21から3/24の金森幸介ツアーは超見物。
3/21名古屋、得三でのpapa仁太との共演は、
もし今年LOST PARADISEがなければ
今年はこの日しか見られません。たぶん。
仁太氏は「箱船は去って」「LOSTSONGS」
に参加しているめっちゃうまいペダルスティール弾きです。
22~24はソロですが、曲目を無作為に選ぶという、
ちょっと変わった趣向が楽しめます。ぜひお越しになって下さい。
詳しくはスケジュール欄で。